第1話 夏祭り
夜の帳がすっかり落ちると、鹿南市(ろくなんし)の川沿いは提灯の赤に染まった。
「これでもか」と言わんばかりに吊るされた紙提灯が、むしろ逆に怪しさを増しているのは、照明設計の責任か、それとも人間の本能的な恐怖心か。
屋台からは焼きそばと綿菓子の甘い匂いが入り混じり、浴衣姿の少年少女たちがひしめく。
金魚すくいはすでに水槽が濁りすぎて金魚が見えず、輪投げの景品には誰も欲しがらないキーホルダーが残っていた。
だが、そういうことはどうでもよい。夏祭りとは、存在そのものが目的なのである。
高校二年の佐久間蓮は、人波のなかで落ち着きなくきょろきょろしていた。隣を歩くのは同級生の美咲。髪をまとめたうなじがやけに大人びて見え、蓮はなぜか気まずさを覚える。
「ねえ、あそこ見て」
美咲が指差したのは、神社の奥にある石段だった。屋台のざわめきが途切れるように、そこだけ空気が沈んでいる。
「十三階段って、知ってる?」
「え、知らない。心霊スポットか何か?」
「そうそう。夜中に十三段目まで登ると何かが起きるんだってさ」
唐突に、ドン、と夜空を割る音。
大輪の花火が咲き乱れ、川面を一瞬だけ昼のように照らした。
その光に浮かび上がった十三階段は、まるで別世界への入口のようだった。
そして蓮は見てしまった。
最上段に、浴衣姿の少女が立っているのを。
彼女はまるで舞台役者のように静かに微笑んで、蓮と視線を合わせた。花火が再び夜を裂くと同時に、その姿はかき消える。
「え、今、誰かいたよな?」
蓮は思わず口にした。
美咲は怪訝そうに首を傾げる。
「え? いるわけないでしょ」
その後も花火は打ち上がり、人々は歓声をあげ続けた。だが蓮の心臓は早鐘のように鳴り、十三階段の残像だけが頭に焼き付いていた。
――なぜだろう。知らないはずのその少女の笑みが、懐かしいとすら思えたのだ。
祭りの夜は、あっけなく終わった。
だが後になって振り返ると、この夜がすべての物語の始まりだったと知るのである。
(続く)
※この話は企画作品です。
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— 蒼玉うまみ🦋エッセイで飯を食っていく (@2_3_obi) August 17, 2025
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