見出し画像

セレナーデ【歌詞構造解体】

こんにちは、ラタソメロです。
もう考察をタイトルにつけるのをいっそやめてみました(笑)
いつも考察というより、歌詞の言葉の構造を解体しているので…
新しいジャンルだと思っていただけると幸いです。

さて、今回はなとりさんの『セレナーデ』です。
私自身も先日歌ってみたを上げさせていただきました。
なんとも解体しがいのある曲だなぁと思っています。
早速やっていきましょう。


はじめに

この考察は「個人の意見」です。
誰かに押し付けたり、本家様へ聞いたりなどの行為はお控えください。
十人十色、曲は聴き手によって解釈は異なると私は考えています。
「絶対にこれ」は存在しない、という前提で「こういう意見もあんのね」程度で読んでくださると嬉しいです。

※大事なので毎回書きます。

そもそも『セレナーデ』ってなんぞや

そもそも「セレナーデ」はラテン語で「serenus(セレネイド)」
夜曲や小夜曲を意味し、夜に恋人の為に窓下などで演奏される楽曲、あるいはそのような情景のことを指す。(Wikipedia引用)

野外で扉の前に立ち、恋人を褒め称えるための曲のことを「扉の前で」というジャンルでまとめていたそうです。
その後バロック時代にイタリアで「セレナータ」と呼ばれるものが誕生。
「カンタータ」は室内の音楽形に対し、「セレナータ」は野外の機会音楽で夜に行われる比較的控えめな音楽だった。(室内は音が響き近所迷惑的なことがあったそう)

ということで、『セレナーデ』とは?ですが。
扉の前などで行う慕う人に対して夜に行う音楽のこと、という感じ。

この曲的には『扉の向こうにいる慕う人への懇願』みたいな意味なのかなと思います。
視点的には『扉の中』『扉の外』の2人を行き来している部分もあるかと。

歌詞解体の時間

ここからが本題です。
長くなりますので、お暇なときにぜひ。
いつものことですが、面倒かつ難解な文章を書いてしまうので頭を整理しつつ行きましょう、お互いに(自戒)

「都合のいい思いを~今の僕は誰?」

そもそも「セレナーデ」はアニメ「推しの子」の第三期のED。
それ以外に言われているのは「画家のフィンセント・ファン・ゴッホと弟のテオドルス」の関係なのでは?という説。
今回は主に後者を主軸に書いていきます。

「燃やす」「手放す」などの言葉が使われていますが、これは「手紙」に関するもの。
フィンセントとテオは約700通の手紙のやり取りをしていたそうです。
内容には絵画の話から精神的な苦悩まで、様々なことが綴られていた。
テオはずっとフィンセントのことを支援し続けた。
画家という仕事は成功と失敗は表裏一体、しかも自身の感性をそのまま具現化する職業。
具現化するための技術、感性を具現化するための自己分析。
さまざまな要素で精神的に滅入ることの多い職業だった。

現代で例えるのなら。
『イラストレーター』はクライアントの目的を「代わりに視覚化する」仕事。
『画家』は自身の思想や感性を「作品として発表する」アーティスト。
根本的に仕事内容が違う。
後者の方が自分自身と向き合い、自分自身の内面をえぐらなければならない。
精神的に病んでいく人が多いのは「自身の嫌な部分を可視化」
そしてそれを「具現化するために技術をつける」ことが必要。
自身の明かしたくない嫌な部分を見つめて、それを作品に落とすときもあるからと言えるのかもしれない。

だからこそ、「裏切り」「秘密」があっても動けない。
なぜならそれらは「自身の起こした行い」であり、場所を移動したとしても自身の心からは動くことはないからだ。

生まれてしまったあるいは壊れてしまった
これは「作品が生まれた」しかしそれは「自身が壊れた」とも言えてしまう。
八方塞がりでどうすることもできない、そんな中でも「心のどこかで君を感じていた」
フィンセントは心のどこかでずっと「テオ」の存在を感じていた。
自身のために画商として働き、フィンセントの芸術的な才を信じ、経済的な援助も精神的な支えにもなってくれたテオ。
でもフィンセントはテオに何も返せていないと思ってしまい、自身を許せなかった。

『今の僕は誰?』は自己分析のしすぎで自分自身がわからなくなってしまった、画家フィンセント側の言葉。

「ねぇずっと~信じてもらえるように」

ここからは「テオ」のパート。
ずっとそばにいた。フィンセントに「自身には才能がない、勘違いだ」と言われても「そんなことはない」と嘘でもなんでもなくただ「信じて」言い続けた。
フィンセントが望んだことじゃなくても、テオはフィンセントに出会えたことで得た「痛み」こそが「愛」の裏返しなのだと。
兄でフィンセントを愛しているからこそ、幸せになってほしいからこそ、この痛みはあるのだと、テオは思い続けた。
テオの苦しさや痛みは「兄への愛情」なのだと信じてもらえるように、ずっとそばに居続けるからと宣言した。

「僕に触れないで!~罰をください」

一番のここはフィンセント側。
こちら側に来るな、来ない方がテオは幸せになれるのだと。
だから「扉の中」から声を出さずに「祈る」ようにセレナーデを歌った。
誰よりも愛しているテオのことを手放したって、それが「テオの幸せ」になるのなら、それで構わない。
その「手放す」行為こそが、こちら側の「愛」だとフィンセントは信じていた。
テオに経済的な支援を受け続け、精神的な援助も受けていた。
それはつまり、フィンセントがテオを縛り付けていることと同義だと、フィンセントは思った。
そこまで尽くしてくれているのに何も返せていないと判断したフィンセント。
自責の念に駆られているが、どうすることもできなかった。
突き放すのは最低な行為なのはわかっているからこそ、罰がほしかった。

「誰でもない~セレナーデ」

ここはフィンセントとテオ両方の気持ちがあるパートなのかと。
誰が何と言おうと、世界が何て言おうと、自分には「あなた」だけなのだと。
フィンセントにはテオだけ、テオにはフィンセントだけだという兄弟の愛情の形。
例え届かなくても、疲れ果てても、相手の幸せを願って歌い続けるよ、という双方の気持ちのパート。
「願い疲れても歌うよ セレナーデ」が二回あるのは「フィンセント」と「テオ」二人分。

「シナリオ通りの~いられたならよかった」

ここは一気に傍観者視点(現代的な視点)に寄ってくる。
誰かが書いたシナリオ通りのコメディを見て、不幸自慢をする。
その価値はいったいどの程度なのか?
そもそもそれは誰かが書いたシナリオ通りの不幸であり、自身のものなのか?
その不幸は本当にあなただけのものか?
ならばあなたがその話をエゴイスティック(自己中心的)に語ってるときの瞳の中にいるのは「本当にあなたか?」という問いかけ。
誰かが作ったシナリオのキャラクターではないのか?と聞いてきている。

暗闇という名の自分が目を開いてみる必要のない「誰かのシナリオ」で光らせてもらった誰かの舞台で、ただ何も考えずに踊っていられたならどんなに楽だっただろうか。
でもその暗闇が「自身のものではない」と気づいてしまった。
そうするとそこで踊り続けることに苦しさが生まれてしまう。
だから気付かなかったらどれだけ楽だっただろうか。
気付いてしまった後の苦しみなんか知らなくて済んだのに。
気付きたくないことに気付いてしまったせいで楽に生きられなくなってしまった、しかし気づかなかったらもっと滑稽だっただろうか、と葛藤する。

「希望も不幸も~愛し方を忘れた」

他者から与えられる希望や不幸なんてものは身勝手で、自身の意思なんて関係なく作られていく。
傍観者という名の第三者たちは全員共犯者で、総動員で「人の価値」を決めてくる。
それらに疑う余地などはない。
なぜなら実際に作品に「値段」をつけて回るのだから。

フィンセントの作品だって当たり前だが「値段」がついて回る。
でもフィンセントからしたら「作品」は自身の人生を削って書いた自身の一部で、それに値段をつけられるというのは「自身の人生の価値を決められる」と同義。
自身の人生の価値という名の「運命」が定まった、あの夜からフィンセントはテオへの愛し方を忘れてしまった。
なぜなら、テオが文字通り一生懸命支援してくれていた「フィンセント自身」の価値を第三者が決めてしまった。
それはフィンセントからすれば「テオの支援も含めたすべてがその程度の価値」と第三者に言われたも同然。
テオへのこれ以上にない冒涜だと、フィンセントは思った。
価値が決まったのはいいことだ。
しかしフィンセントは、前述した通り「手放す=愛」だと思っていたのに、テオの支援ごと「価値」になってしまったことで手放すことができなくなた。
「運命」という名で「価値」が決まった夜から「愛」がわからなくなった。
手放すことができないなら愛とはなんだ?
愛するとはどういうことなんだ?と自問自答しさらに自責の念に陥ることになった。

「これだけ願って~痛みがほしい」

ここはかなりテオ側の心情が歌詞にもMVにも表れている。
「愛し方を忘れた」のシーンでMV内の絵が「真っ黒」になる。
これは前述にあるように「フィンセントが愛し方を忘れ、テオへの愛がわからなくなった」から。
テオへ向けていた愛という名の絵が真っ黒に染まり、テオ側からはフィンセントが見えなくなった。
そして第三者たちはその「黒い絵」を見逃さなかった。
フィンセントはテオを突き放した。
つまり、フィンセントは現在「孤独」であるということ。
孤独であればあるほど、人の優しさが染みる。
良くも悪くも隙だらけになってしまっている。
だから第三者たちはそれを見逃さず、フィンセントに優しい言葉をかけて「自身たちの都合のいい道具」にしようとした。
テオはそれを自身を犠牲にしてまで止めようとした。
これがMV内の描写。

これだけ願い、祈り続けたのにこんな結末になってしまった。
これはフィンセントの自責から生まれた言葉。
ごめんね、と謝って自分の心の部屋(扉の中)にさらに厳重に閉じこもった。

そしてテオのパート。
テオからすれば、すべて失い消え去っても。
フィンセントが生きてさえいてくれればそれでよかった。
君がずっと生きていた「痛み」。
「ねぇずっと~」の項で書いた通り、テオは「痛み」は「愛」であるとずっと説き続けている。
君がずっと生きていた痛みが欲しい=君のことを愛しているからこそ生きていてほしい、それだけでもいい。
究極の愛情表現だった。

でもMVにある通り、テオが「あえて」踏み込まなかった鍵のかかったフィンセントの心の部屋。
その部屋の扉の中に躊躇なく第三者たちは入っていった。
フィンセントの心の扉にかけた鍵を容赦なく壊し切った。
そこを壊されればフィンセントの画家としての良さは消える。
テオはわかっていたから踏み込まなかった。
でも守れなかった。
フィンセントの芸術の才を、人生を。
そのせいでフィンセントは遠くへ行ってしまった。
見えなくなるほどに。

「あと何回数えたら~満たされる?」

これはテオが自責の念に駆られるパート。
あと何回フィンセントに呼びかけたら
あと何回フィンセントが傷ついたら
あと何回フィンセントを失えば
あと何回フィンセントが壊れたら
これを一人で堂々巡りのように考えた。
テオ自身が痛むことで愛情を表現してきた。
精神的なダメージはテオも大きかった。
でもフィンセントがいるのなら、と生き続けた。
この繰り返しパートで唯一繰り返されてない「壊れたら」はもう二度とフィンセントには壊れてほしくない、というテオの願いが込められている。
フィンセントにあと何回「セレナーデ」を歌い続けたらテオ自身の愛が伝わり、この思いが満たされるのか?
フィンセントの心の部屋の扉は第三者たちによりこじ開けられて、テオは「邪魔者」として縛られた。
フィンセントのところには行けない。
ただ第三者たちにフィンセントが壊されていくのを見ているだけ。
テオの自問自答と苦しみのパート。

「これだけ願って~セレナーデ」


ここのパート、すごく印象的なのは「MV内キャラクターの左手が切り落とされた」こと。
フィンセントは生前「左耳を自ら切り落とした」事件がある。
そしてそれを「大事に持っておいてくれ」と人に頼んだ。
ただ、このMV内だと不思議なのは左手を切り落としたのは恐らく「テオ側」ということ。
フィンセントは左耳を切り落とすことで「周りの音を遮断した」
テオは左手を切り落とすことで「周りに捕まれる場所を減らした」
そして不自由になることで「あなたへの愛は本物です」と二人とも別の形で示した。
しかも左手というのは「結婚指輪をはめる手」
二人の間には恋愛的な愛情はなかったが、兄弟愛は確かにあった。
自身の人生をかけて兄のフィンセントを愛しているという証明にもなった。

人生に必要な全て失っても、全部間違っていたとしても。
ずっと愛していた君(お互い)へ、「消えないで」と叫んだ。
そしてテオはついに枷を破り、フィンセントの心の部屋の扉の中へと手を入れた。
するとそこではフィンセントが第三者から追われ続けていた。
初めてテオはフィンセントの苦しい顔を見た。
テオは手を差し伸べ続けた。
自分はここだ、とフィンセントに気付いてもらえるように。
するとフィンセント側から「真っ黒な世界の中に光」が見えた。
それはテオだった。
フィンセント側も初めてテオの光を、愛情を真正面から見た。
だから手を取り合った。
でも、実はフィンセントはもう手遅れだった。
もうこの世には存在しなかったのだ。
動揺したがテオは覚悟を決めてフィンセントの後を追って、命を絶った。

これは実際の話で、テオとフィンセントの最後の手紙はフィンセントの側からの「このまま死んでゆけたらいいのだが」だったという話がある。
それを実践し、フィンセントは亡くなった。
そしてテオは後追いした。

兄弟愛の絶望的だが美しい愛情表現だけがこの世に残った形になった。


さいごに

愛って人を狂わせるんすね…良くも悪くも…というのが私視点の結論です。
人間って優しい人ほど不器用で、感情の表現方法を知らなかったりするものだと私は思います。
自身以外の人を考えるという行為自体がもう優しさですからね。
人間とは面白い生き物だなぁと本当に感じます。
今も昔も根本的なものは変わらないんでしょう。

なかなか重苦しい、だけど考えさせられる面白い歌詞だなと改めて思いました。

最後にも書いておきますが
考察に「絶対にこれ」は存在しない、という前提で「こういう意見もあんのね」程度で読んでくださると嬉しいです。

歌い手などやっておりますので、よければ下記SNSなどよろしくお願いいたします~!

また次の記事で。


いいなと思ったら応援しよう!