幸せを願ったはずだった。なのに、好きな人の幸せが苦し過ぎる【狂恋愛029】
「結婚するんだ」
彼女は、そう言って笑った。
テーブルの上、スマホの画面をこちらに向ける。
指輪。
光が当たって、やけに白く見える。
「いい人なんだよね」
頷く。
コップに口をつける。
氷が、ひとつだけ音を立てる。
「優しいし、ちゃんと働いてるし」
「うん」
「あとね、すごい私のこと好きでいてくれるの」
その言葉に、少しだけ間が空く。
「そっか」
彼女は嬉しそうに笑う。
「安心するんだよね、一緒にいると」
テーブルの上のスマホを、指でくるくる回す。
画面が伏せられる。
「いいじゃん」
そう言うと、彼女は安心した顔をした。
「だよね」
帰り道。
改札の前で、彼女は手を振った。
「またね」
「うん」
振り返らない。
そのまま、人混みに紛れていく。
ポケットの中で、スマホが震える。
『今日はありがとう』
短いメッセージ。
画面を閉じる。
返信は、しない。
数日後。
「ねえ、ちょっと聞いてよ」
彼女は、また同じ席に座る。
「この前さ、喧嘩しちゃって」
コーヒーをかき混ぜる。
スプーンが、カップの縁に当たる。
「でもね」
顔を上げる。
「ちゃんと謝ってくれたの」
嬉しそうだった。
「いい人だね」
「でしょ?」
彼女は笑う。
テーブルの上に、指輪が置かれる。
外したらしい。
「ちょっと緩いんだよね、これ」
指で、軽く回して見せる。
「でも、それも可愛いよねって言ってくれて」
カップの中のコーヒーは、もう冷めている。
「大事にされてるね」
彼女は、頷く。
少しだけ、照れた顔をする。
そのあと、指輪をはめ直す。
何度か、指で押し込む。
少しだけ、きつそうに見えた。
「ねえ」
彼女が、ふとこちらを見る。
「なんでそんな顔してるの?」
「してないよ」
「してるって」
笑いながら言う。
「変なの」
夜。
部屋の中は静かで、時計の音だけが聞こえる。
テーブルの上に、スマホ。
彼女のSNS、
笑っている写真。
隣に、知らない男。
肩に触れている手。
距離が、近い。
指が、画面をなぞる。
何枚も、同じような写真。
どれも、同じ顔で笑っている。
スクロールが止まる。
少し前の投稿。
――一人で写っている。
今と、同じ笑顔。
指が、止まる。
しばらくして、画面を閉じる。
スマホを、裏返した。
次の日。
「ねえ、来月さ」
彼女が言う。
「式、来てくれる?」
少しだけ、間が空く。
テーブルの上、二つのコップ。
片方は、もう空。
もう片方は、ほとんど減っていない。
「……うん」
彼女は、安心したように笑った。
「よかった」
「来てくれなかったら、どうしようかと思った」
指輪に、光が当たる。
そのまま、彼女は続ける。
「だってさ」
「ちゃんと見ててほしいじゃん」
「私が、幸せになるとこ」
その言葉で、
コップの中の氷が、音を立てた。
「ねえ」
彼女は、笑う。
「祝ってくれるよね?」
少しだけ、時間がかかる。
「……うん」
彼女は、満足そうに頷いた。
「ありがとう」
そのあと、何か話していた気がする
よく覚えていない。
帰り道。
駅のホーム。
電車が来る。
風が、吹く。
ポケットの中で、スマホが震える。
『今日は楽しかった』
画面を見て、
しばらくして、電車が来る。
スマホを、強く握る。
ドアが開く。
足が、動かない。
次の電車を、待った。
――壊したい、とは思わなかった。
ただ、
少しだけ、
遅れてほしいと思った。
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