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ディオマンデの輝きと代理人問題の影 "1億ユーロのダイヤモンド"は移籍するのか?

今季、RBライプツィヒはプロになってからわずか1年ほどの若者を獲得しました。

クラブの公式SNSでは、彼の名前になぞらえて人気ゲーム『マインクラフト』でダイヤモンドを採掘する動画で発表しています。

ヤン・ディオマンデ。そのダイヤモンドの価値は、現在1億ユーロ級にまで跳ね上がっています。

しかし、驚異的なステップアップの裏で、輝かしい未来の歩みに水を差しかねない懸念も存在します。



アビジャンのストリートから世界へ

ディオマンデの物語は、コートジボワールアビジャンにあるシコジという地区から始まります。

ディディエ・ドログバトゥーレ兄弟らを生んだコートジボワールは、国民がサッカーに対して情熱を注ぐ国であり、ディオマンデもまた例外なく、幼い頃からストリートでボールを追いかける日々を送っていました。

しかし、彼の家庭環境は決して恵まれたものではありませんでした。

父親は早くにフランスへ出稼ぎに渡り、残された家族は経済的な困窮に苦しんでいたのです。家には十分な生活スペースすらなく、サッカーをするためのスパイクを買う余裕など到底ない状況でした。

ディオマンデは自身の才能を証明し、家族を貧困から救い出すため、親元を離れ、村にあるサッカーアカデミーへと進むという大きな決断を下しました。

そのアカデミーでは約40人の若者たちが寝食を共にし、厳しい規律の中でプロを目指していました。

学校の授業はあまり好きではなかったと本人は振り返っていますが、練習後にシャワーを浴びてから教室へ向かうという生活を送り、プロフェッショナルとしての基礎を築いていきました。

この過酷な環境下で、彼ら若手選手の生活を全面的に支援したのが、バンバという人物でした。

バンバは選手たちにスパイクや用具を買い与え、休暇中には帰る場所のないディオマンデらを自宅に住まわせるなど、まさにメンターとして彼らを支え続けたのです。

このアカデミーで苦楽を共にした仲間たちとは、現在でもWhatsAppで連絡を取り合うほどの強い絆で結ばれています。

彼らの多くは現在、サンダーランドやアンデルレヒト(おそらくジェセリン・タ・ビイブラヒム・カナテ)、あるいはコートジボワール国内リーグなどでプロサッカー選手として活躍しており、互いに切磋琢磨する関係が続いています。

そして、ディオマンデのサッカーに対する並々ならぬモチベーションには、若くして亡くなった愛する妹の存在があります。

彼の夢の一つは「プロのサッカー選手になり、妹を幸せにして誇りに思ってもらうこと」でした。

現在、彼はヨーロッパで大きな成功を収め、富と名声を手に入れましたが、「すべてを持っているのに、最も分かち合いたかった妹とそれができない」という深い喪失感も抱えています。


アメリカ挑戦という異色なルート

ディオマンデは2022年の時点でU-17コートジボワール代表に選ばれていましたが、国内でプロ契約を結ぶには若すぎました。

欧州への移籍も18歳になるまで不可能なため、学業とサッカーを両立できるアメリカを選んだというのが背景にあります。

彼はフロリダのユーリー・ホーネッツ高校を経て、デイトナビーチにあるDMEアカデミーに入団しました。バスケットボールを中心として、複数競技の育成に対応するアメリカらしいスポーツアカデミーで、ディオマンデは学ぶことになります。

アフリカから遠く離れたアメリカでの生活は、時差も大きく異なり、家族と頻繁に連絡を取ることも難しい過酷なものでした。

渡米当初は英語を全く話すことができませんでしたが、彼は言語学習アプリ「Duolingo」を利用して独学で適応に努めました。

ピッチ上でも、ディオマンデの存在感は際立っていました。

DMEアカデミー提携のAS Frenziの一員として、アメリカのセミプロリーグであるUPSLに参加。そこで彼は、16歳8ヶ月で史上最年少MVPを獲得し、チームを初優勝に導いたのです。

バスケットボールやアメリカンフットボールが主流のアメリカにおいて、自分たちのプレーによってサッカーへの関心を高めることができたことに、彼は強い誇りを感じています。また、アメリカの地でキャリア初めてのトロフィーを獲得し、今でも自宅に飾っているそうです。

このアメリカでの孤独な挑戦を通じて、彼は「これからは世界のどこに行っても、一生一人で生きていける」という強靭なメンタリティと自立心を養っていきました。

ただ、ディオマンデはアメリカサッカーについて、「100%自分に合っていたとは言えなかった」とも語っています。

実際に、MLSのコロラド・ラピッズシャーロットFCのトライアルでは上手くいきませんでした。

欧州で早くから目をつけていたレンジャーズのトライアルでも契約には至りませんでしたが、18歳になった直後に欧州への扉が開かれることになります。


亡き妹に捧げたゴール

ディオマンデのヨーロッパでのキャリアは、スペインのレガネスから劇的な幕開けを迎えます。

2024年11月、レガネスの筆頭株主である「Blue Crow Sports」グループの主導のもと、彼は18歳でレガネスと契約を結びました。

当初クラブの計画では、彼はユースチーム(フベニール)に所属して育成される予定でした。

レガネスのユース部門責任者であるホルヘ・ブロトが、当時のことを振り返っています。

「ディオマンデが来た時、ユースチームで練習を始めたんだけど、ある選手が近づいてきて『一体誰を連れてきたんだ?』って聞いてきたよ。彼らもすぐ(ディオマンデの才能に)気づいたんだ。結局、ユースチームでプレーすることはなかった。セカンドチーム所属になったんだ」

「ある日、トップチームとセカンドチームで練習試合をしたんだ。ボルハ(・ヒメネス / 当時のトップチーム監督)がそれを見て、『こいつはここに残す』と言ったんだよ」

そのトップチーム招集のタイミングは、サンティアゴ・ベルナベウでのレアル・マドリード戦の週でした。

試合のわずか2日前に招集を知らされたディオマンデは、「マドリーと対戦するなんて不可能だと思っていた」と極度の興奮に包まれ、試合前夜は朝4時まで一睡もできなかったといいます。

午前9時にスタッフから部屋のドアをノックされてようやく現実だと実感し、すぐに母親に電話をかけて喜びを分かち合ったと語っています。

マドリー戦では、憧れの選手の一人であるヴィニシウス・ジュニオールらとピッチ上で対峙。

そして、彼にとっての初先発の試合は、カンプノウでのバルセロナ戦となりました。試合自体は0-1で敗れたものの、自身のパフォーマンスには肯定的に捉えることができたようです。

しかし、レガネスとの契約直前、ディオマンデに大きな悲劇が襲っていました。

それが、最愛の妹を亡くしたことです。

彼は母に「次のゴールは妹に捧げる」と誓い、約束通りラ・リーガ初ゴールを決め、得点後に涙を流したのでした。

レガネスのトップチームでの出場はわずか10試合でしたが、その輝かしい才能から、瞬く間に欧州中のスカウトの目を引きつけることになります。


バーゲン価格だった2000万ユーロ

レガネスでのセンセーショナルな活躍を受け、素早く動いたクラブこそがRBライプツィヒでした。

当時、ディオマンデの市場価値はまだ150万ユーロ程度に過ぎませんでしたが、RBライプツィヒは契約解除条項の2000万ユーロを支払い、彼を完全移籍で獲得したのです。

ディオマンデ自身も、以前からCLの舞台で同じアフリカ出身選手のアマドゥ・ハイダラが活躍しているのを見てRBライプツィヒに好印象を抱いており、オファーを受けた瞬間に即決したといいます。

RBライプツィヒに移籍した初日、興味深いエピソードが残されています。

レッドブル・グローバルサッカー部門責任者であるユルゲン・クロップから突然電話がかかってきたのですが、最初ディオマンデはこれを取り逃してしまったのです。

その後無事に連絡が取れると、リヴァプール時代から尊敬していた名将から「君はまだ若いのだから、忍耐強くなるべきだ。君の時間は必ずやってくる」と声をかけられたことを明かしています。

しかし、そんなクロップの助言も必要ないほど、ドイツでの"ディオマンデの時間"は即座にやってくることになります。

今季のRBライプツィヒはオーレ・ヴェルナー新監督の下、4-3-3をメインに戦っています。これは、クロップらの意向によるところも大きいと思います。

ウイングポジションが置かれたのは、当初アントニオ・ヌサを残留させるためというのも理由の一つにあったと推測しています。

ヌサは昨季、ノルウェー代表がイタリアを3-0で破った試合で左ウイングとして活躍しており、試合後に「クラブと代表ではポジションや役割が違う。クラブでもそのポジションでやりたい」と発言していました。

人気銘柄であるヌサを活かす意図もあって現在の布陣になったため、当初はヌサとPSVから加入したヨハン・バカヨコが両翼のレギュラーだと思われていましたが、ディオマンデは彼らを凌駕するほどのインパクトを見せつけたのです。

実際、ディオマンデの急速なフィットによって、現在出場機会を激減させているのがバカヨコです。


「あんな選手は見たことない」

ディオマンデの存在を世界に知らしめたのが、昨年のフランクフルト戦でした。

彼はこの試合で、わずか18分間のうちにハットトリックを達成。ブンデスリーガの外国人選手における史上最年少ハットトリック記録を打ち立てたのでした。

フランクフルト戦に限らず、アウクスブルク戦(2-1の勝利)、ボルシアMG戦(1-0の勝利)での決定的な仕事など、勝負強さも発揮しています。

彼を特徴づける最大の武器は、その圧倒的なスピードドリブルです。今シーズンのリーグ戦において、彼は最高時速36.3kmを記録しており、これはリーグ最速クラスのスピード。

3月下旬時点では、5大リーグのドリブル成功数において、ディオマンデはラミン・ヤマルに次いで2位、ヌサが9位となっています。

その上、ディオマンデは「抜くドリブル」だけでなく、「運ぶドリブル」においても高い数値を叩き出しており、シンプルに味方を使ってコンビネーションで崩す能力にも長けています。

また、リーグ全体のデータにおいて、最多のデュエル勝利数も記録しています。

まだシーズン途中ですが、かつて遠藤航も輝いた「デュエル王」の称号に今シーズン最も近いのがディオマンデなのです(ちなみに現在2位が佐野海舟)。

さらに、守備でのハードワークも怠らないという点も見逃せません。攻撃はもちろんのこと、彼の守備貢献によって失点が防がれたシーンは一つ二つではありません。

ポジションの幅広さも特筆すべき点です。

ディオマンデは、左ウイングからのカットインはもちろん、右サイドで縦に行くこともできるなど、左右どちらのサイドでも高いクオリティを発揮できます。

世界的に減りつつある利き足同サイド、いわゆる「順足アタッカー」としても機能することも、メガクラブの関心をさらに集める要因の一つと言えるでしょう。

ディオマンデは右サイドで利き足の右だけでなく、左足も使いながらカットインして得点を決めるなど、破壊力は試合ごとに増しています。

チームメイトであり長年RBライプツィヒの守備の要を務めるヴィリ・オルバンは、彼の才能について「あんな選手はこれまでに見たことがない。信じられないような加速力、別次元の戦術理解力、そして神がかったドリブルを持っている上に、守備でハードワークすることも厭わない。私は彼のことが大好きだ」と絶賛しています。

ディオマンデ本人は自身の成功の秘訣を「神の祝福」と「コーチやチームメイトの助言に謙虚に耳を傾け、誰よりもハードワークすること」だと語っており、さらなる成長に強い意欲を見せています。


代表での特別な絆

クラブでの目覚ましい活躍と並行して、ディオマンデはコートジボワール代表としても重要な役割を担うようになりました。

2025年にU-23代表としてデビューを果たした後、すぐにA代表へとステップアップを遂げます。

フル代表としてはW杯予選でデビュー即ゴールを決め、母国をW杯へと導きました。

代表チームにおいて、彼には特別な絆で結ばれた友人がいます。それが、ホッフェンハイムのバズマナ・トゥーレです。

2人は代表活動を通じて親密な関係を築き、Instagramのコメント欄ではお互いを「Mon frère(私の兄弟)」や「Le sang(血を分けた兄弟)」と呼び合うほどの深い仲となっています。

毎日連絡を取り合う親友同士ですが、ピッチ上ではその関係を一時的に封印。共に今季のブンデスリーガで最速クラスのトップウインガーとして、激しい戦いを見せました。

ディオマンデがブンデスリーガで2桁得点を達成している一方で、トゥーレはすでに2桁アシストを記録。同じ2006年生まれの2人の若きウインガーは、W杯でも注目になります。

そのW杯は、ディオマンデが青年期を過ごしたアメリカで開催され、コートジボワールはグループステージでドイツ代表と同組となっています。様々な巡り合わせを感じるW杯の舞台で、彼はどんなパフォーマンスを見せるでしょうか。


1億ユーロを払う価値はあるのか?

現在19歳という若さで、ヨーロッパのトップレベルでこれほどまでの結果を残し続けているディオマンデの市場価値は、まさにうなぎ登りです。

RBライプツィヒが先行投資として2000万ユーロで獲得した彼の市場評価額は、すでにあっさり超えています。

RBライプツィヒとの契約は2030年までで、契約解除条項は含まれていません。

そのため、すでに多くのメガクラブが関心を寄せているディオマンデに対して、RBライプツィヒは移籍金を1億ユーロ規模に内部で設定しているとされ、レッドブルのスポーツ投資部門CEOのオリヴァー・ミンツラフは、「ここは彼がたった1年で通過していく場所ではない」と牽制をかけています。

彼の獲得に強い関心を寄せているクラブの一つがリヴァプールです。

リヴァプールはモハメド・サラーの今季限りでの退団が決まっており、その後釜としてディオマンデの名前が度々報じられています。ディオマンデ自身も、Instagramのライブ配信でリヴァプールが好きなクラブであることを明かしています。

ただし、この移籍には個人的に懸念点もあります。

リヴァプールがサラーの後釜として狙うとなれば、ディオマンデのメインポジションは右ウイングとなるでしょう。僕自身、ディオマンデの主戦場はあくまで左だと考えているため、順足ウインガーをメインとして1億ユーロを払うのは少しリスクがあるように感じます(ルイス・ディアスの穴埋めも兼ねての獲得なら良いのですが)。

ただ、ディオマンデのこれまでの急成長ぶりを見れば、左右どちらのサイドでも同レベルの脅威を見せられるくらいのパフォーマンスにすぐに持っていくのかもしれません。

リヴァプールの他に、マンチェスターの両雄、バルセロナ、PSG、そして国内のナンバーワンチームであるバイエルン・ミュンヘンなど、多くのメガクラブ行きの噂が伝えられています。

ディオマンデはまだ19歳ですが、トップレベルになる夢を叶えるためには「あまり時間がない」と語っており、自身の性格を「せっかち」だと認めています。


代理人トラブルという影

ディオマンデがこれほどまでに多くのメガクラブから熱視線を浴びている一方で、見過ごせない影の部分があります。

それが、彼のエージェント(代理人)を巡るトラブルです。

もともとディオマンデは、元コートジボワール代表のマックス=アラン・グラデルらが関与する「Maxidel Management」というエージェンシーと契約していました。

Maxidelやドイツ人代理人のヴォルフガング・マイヤーは、ディオマンデの継父と協力し、レガネスからRBライプツィヒへの移籍を実現させたとされています。

しかし、ディオマンデは今年に入り、世界的ラッパーであるJay-Zが設立した「Roc Nation Sports」へのエージェンシー変更を発表したのです。

Roc Nationには、ヴィニシウス、ガブリエル・マルティネッリ、フェデリコ・ディマルコのようなスター選手から、RBブラガンチーノの選手も複数所属しており、セレッソ大阪のチアゴ・アンドラーデといったJリーガーも契約しています。

これに対しMaxidel側は、事前の相談や通知が一切なく、SNSなどで発表を知ったとして激怒し、「契約上の義務に対する明らかな違反である」と強く反発。

この問題が複雑化している最大の理由は、ディオマンデとMaxidelの間で結ばれていたとされる契約内容にあります。

グラデルは、ディオマンデがMaxidelと独占契約を結んでいたと主張しています。

FIFAの規定によれば、選手と代理人は最長2年間の独占契約を結ぶことができます。通常、選手が代理人を変更すること自体は法的な権利ですが、独占条項に違反した場合は契約違反となります。

Maxidel側はこの事態を受け、国際スポーツ仲裁裁判所(CAS)への提訴に踏み切りました。

ただし、CASがこの問題を扱うためには、代理人契約の中にCAS等を管轄とする明確な「管轄権条項」が含まれている必要があります。

もしCASが管轄権を持つと認められ、損害を証明するための具体的な違約金条項が契約内に存在していれば、Maxidel側に勝訴のチャンスがあると言われています。

この争いが激化しているのは、当然ディオマンデ周辺で莫大な金銭が動くことにもあります。

ディオマンデは最近、ニューバランスと年間約300万ユーロのスポンサー契約を結びました(もちろん発表したのはRoc Nation側)。

このようなスポンサー契約や、将来的に見込まれる1億ユーロ以上の移籍金において、代理人は通常10〜15%の手数料を得るため、誰が彼を代理するかで数百万ユーロ規模の利益が左右されることになります。

以上のことから、仮にリヴァプールなどのクラブが、Maxidelを通さずRoc Nationと直接交渉し移籍を成立させた場合、そのクラブやディオマンデ自身は契約違反で訴えられるリスクがあるため、今夏の移籍は停滞する可能性が考えられます。

また、この騒動を注視しているのが古巣レガネスです。

レガネスはディオマンデをRBライプツィヒに売却した際、2000万ユーロの契約解除金を一括ではなく分割(初年度は500万ユーロ)で受け取ることに合意。その見返りとして、10%のセルオン条項を契約に含めたようです。

仮にディオマンデが、RBライプツィヒの希望通り1億ユーロ規模で売却されれば、レガネスにとってクラブ史上最高額の売却益となります。わずか数ヶ月しか在籍しなかった若手選手が、クラブの財政に莫大な恩恵をもたらすことになるのです。

一方RBライプツィヒは、彼を急いで売却する兆候はありません。むしろ、対応が迫られているのは給与面かもしれません。

あまりにも急速な成長スピードを見せるディオマンデの年俸が、すでに適正額からかけ離れているためです。

RBライプツィヒはディオマンデに対して、これまでの圧倒的な活躍に見合った大幅な年俸の引き上げを伴う新たな契約を提示する予定です。

RBライプツィヒは近年、契約解除条項を含めずに若手有望株を獲得しています。ディオマンデだけでなく、ヌサやバカヨコ、アッサン・ウエドラオゴにも契約解除条項は付いていないと言われています。

ただ新契約においては、彼を確実にもう1年引き留めるための妥協案として、2027年や2028年に行使可能な解除条項を設定するプランも議論されているといいます。

RBライプツィヒはこの手法で、過去にティモ・ヴェルナークリストファー・エンクンクといった中心選手を残留させてきた歴史があるため、可能性は十分考えられます。

ディオマンデは現在の目標の一つに、CLでのプレーを挙げています。RBライプツィヒはこのまま行けば来季のCLに復帰することができるため、彼の願いを叶えることができます。

そして、今夏の移籍市場において、ディオマンデの売却はおそらく最優先ではありません

RBライプツィヒで今夏、最も移籍の可能性が高いのはCBのカステロ・ルケバです。

彼には8000万ユーロの契約解除条項があり、それを下回る額でも移籍が成立し得ると報じられています。

その上で、ローン移籍中のルシャレル・ヘールトロイダ(サンダーランド)、エリフ・エルマス(ナポリ)、アルトゥール・フェルメーレン(マルセイユ)といった選手の売却が進めば、十分な資金を確保できる計算となっています。

もしCL出場権を逃すなどの不測の事態が起きた場合は、ディオマンデよりもヌサが売却のオプションとなっているようです。

原石からダイヤモンドへと磨き上げられ、日に日に輝きを増すこの逸材を、レッドブルは長く手元に置いておけるのでしょうか。

それとも、その輝きに魅せられたメガクラブが、巨額の資金を持って買いに来るのでしょうか。

光と影の両面を持つ19歳の物語は、まだ始まったばかりです。


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