なぜ核兵器は無くならないのか?―「核なき世界」を阻む、恐怖と抑止の連鎖―
なぜ核兵器は無くならないのか?
―「核なき世界」を阻む、恐怖と抑止の連鎖―
広島と長崎への原爆投下から80年以上が経過した。
人類は核兵器が何をもたらすのかを知っている。
一瞬にして都市を破壊し、多くの命を奪い、生き残った人々にも長期にわたる苦しみを残す。
それほど危険な兵器でありながら、なぜ世界から核兵器は無くならないのだろうか。
この問題を「核保有国が平和を望んでいないから」とだけ考えてしまうと、本質を見失う。
核兵器が無くならない背景には、国家間の「恐怖」と「不信」、そして核抑止という極めて難しい安全保障上の構造が存在する。
世界には今も1万発を超える核弾頭が存在する
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2026年版年鑑によれば、2026年1月時点で世界には推計約1万2187発の核弾頭が存在する。
核兵器を保有している、または保有しているとみられる国は、
米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルの9カ国である。
そのうち約9745発が軍事用ストックとして保有され、約4012発がミサイルや航空機などに配備されているとSIPRIは推計している。
さらに重要なのは、冷戦後続いてきた世界の核兵器削減の流れそのものが弱まりつつあることである。
2025年には9つの核保有国すべてが核戦力の近代化・強化を継続したとSIPRIは報告している。 (ストックホルム国際平和研究所)
つまり現在の世界は、「核兵器廃絶へ一直線に進んでいる」とは言い難い。
むしろ新たな核軍拡競争へ向かう危険性さえある。
なぜ核兵器を捨てられないのか
最大の理由の一つが「核抑止」である。
考え方自体は単純だ。
「もし我が国を核攻撃すれば、こちらも核兵器で報復する」
そう相手に認識させることで、核攻撃そのものを思いとどまらせようとする。
核兵器は敵を攻撃するための兵器であると同時に、「敵に攻撃させないための兵器」として位置付けられてきたのである。
ここに核兵器問題最大の矛盾がある。
核兵器があまりにも恐ろしいからこそ、
「核兵器を無くそう」
という考えが生まれる。
ところが同時に、
「核兵器があまりにも恐ろしいからこそ、相手に攻撃されないよう自分たちも持っておこう」
という正反対の考えも生まれる。
これが核抑止の論理である。
「自分だけ捨てることができない」という恐怖
仮に、ある核保有国が一方的にすべての核兵器を廃棄したとする。
しかし敵対する国家が核兵器を保持したままだったらどうなるのか。
自国だけが核による報復能力を失うことになる。
そのため各国は、
「相手が本当に廃棄するのか」
「秘密裏に核兵器を残していないのか」
「将来もう一度核兵器を製造しないのか」
という疑念を抱く。
つまり核廃絶とは、単なる兵器の解体問題ではない。
国家同士がどこまで互いを信用できるかという問題なのである。
核兵器を全部壊しても「核兵器の作り方」は消えない
もう一つ非常に難しい問題がある。
人類はすでに核兵器を作る科学技術を知ってしまった。
世界中の核弾頭をすべて解体したとしても、核物理学の知識そのものを人類の歴史から消去することはできない。
さらに原子力技術には、発電・医療・研究など平和目的の利用も存在する。
したがって本当の核廃絶を実現するためには、
核弾頭を解体するだけでは足りない。
核物質の管理、濃縮技術、再処理技術、ミサイルなどの運搬手段、査察制度、国際的な検証体制まで含めた巨大な安全保障システムが必要になる。
「核抑止が平和を守った」という議論も無視できない
核廃絶を考えるとき、反対側の議論にも向き合う必要がある。
第二次世界大戦後、核保有大国同士の全面戦争が起きてこなかった理由の一つとして、核抑止を挙げる研究者や政策担当者は少なくない。
つまり、
「核戦争になれば双方が破滅する」
という恐怖が、大国同士の直接戦争を抑制してきたという考え方である。
しかし、ここには重大な弱点がある。
核抑止が成立するためには、指導者が合理的に判断し、情報伝達が正常に機能し、誤警報や誤認が起きず、軍事システムが適切に管理されることが前提になる。
人間も機械も、絶対に間違えないわけではない。
核抑止とは、ある意味では、
「誰も最後の一線を越えない」
ことを永遠に期待し続けるシステムでもある。
SIPRIも2026年、核兵器への依存が強まる一方で、誤算やエスカレーションの危険が高まっていると警告している。 (ストックホルム国際平和研究所)
核廃絶か、核抑止か――二者択一ではない
ここで重要なのは、
「明日すべての核兵器を廃棄せよ」
という主張と、
「核兵器が世界を守っているのだから現状のままでよい」
という主張の二つだけに議論を限定しないことである。
現実には、その間に多くの選択肢が存在する。
核弾頭数を段階的に削減する。
核兵器の先制使用をめぐるルールを議論する。
偶発的な核戦争を防ぐため、核保有国間の緊急連絡体制を強化する。
核兵器・核物質について透明性を高める。
査察と検証制度を強化する。
そして核兵器を保有しなくても国家の安全を確保できる国際環境を作る。
こうした積み重ねなくして、核兵器だけを世界から取り除くことは難しい。
日本だからこそできること
日本は広島・長崎への原爆投下を経験した唯一の戦争被爆国である。
同時に、米国の「核の傘」に安全保障の一部を依存している国家でもある。
この二つの立場は、ときに矛盾して見える。
しかし逆に考えれば、日本だからこそ「核廃絶という理想」と「安全保障という現実」の双方を議論できるのではないだろうか。
核兵器の非人道性を世界に訴える。
しかし同時に、なぜ国家が核兵器を手放せないのかという安全保障上の恐怖にも向き合う。
理想だけでもなく、軍事力だけでもない。
その中間に存在する道を探すことこそ、日本外交に求められる役割の一つではないだろうか。
RULERANT Civic Voice Japanの視点
核兵器のない世界は、決して否定されるべき理想ではない。
しかし核兵器そのものだけを取り除けば平和になる、と考えることも危険である。
核兵器を生み出した背景には戦争があり、
戦争の背景には国家間の対立があり、
そのさらに奥には恐怖と不信がある。
だから本当に無くすべきものは、核弾頭だけではない。
国家が、
「核兵器を持っていなければ生き残れない」
と考えざるを得ない国際環境そのものを変えていく必要がある。
核兵器を禁止すること。
核兵器を減らすこと。
核戦争を防ぐこと。
そして、核兵器を必要としない安全保障体制を作ること。
これらは対立する目標ではない。
同時に進めるべき課題である。
平和とは、武器が存在しない状態だけを意味するものではない。
相手を恐れる必要がなくなる状態を、いかに作るか。
核兵器が無くならない理由を考えることは、結局のところ、
「平和とは何か」
を考えることなのだと思う。
―― RULERANT Civic Voice Japan(RCV)
