忘れ得ぬ人たち
りずしゃんの、イタリア(フィアット)車紹介
記事に接した。祝ら――ん(感謝です)。
お陰さまで、昔のイタリア車関係の銀行時代の
営業話が蘇ってきたので一言。写真は30年以上前の
アルファ・ロメオ日本上陸記念のグラスを頂いたもの、
もう社名の字が読めない、昔のことだ。
フィアット社のアルファ・ロメオ部門が、日本上陸を目指して
来日したのは1990年代初頭。
代表はギリシャ系CEOグレゴリアデスさん。
ギリシャ人と言っても、アポロンの優美なイメージはなく、
名前の響のように無骨な印象で、話もうまくなかった。
が、次第に打ち解け何でも相談を受ける間柄になった。
うちのロメオ155自由に乗ってもいいぞと言われるまで
個人的信頼関係を勝ち取った。
渋谷にある本社事務所で、中部日本エリアにディーラーを
作りたいが手伝うようにとリクエストを受ける。
名古屋なら銀行通じて、いくらでも紹介先がありますと答えるも、
いいや岐阜エリアがいいという。
信長が好きなんかい、このギリシャ人は?
オフィスに戻って、上司に相談すると、わかったと即答で
翌日には名古屋経由岐阜行きの電車に上司と二人で乗っていた。
岐阜では初めてのアルファ・ロメオ車ディーラーを、K市エリアに決めた。
その夜は祝勝会だと言って、上司の学校の先輩か、地元金融機関の理事長
殿が鵜飼を楽しめる場所に近い料亭とホテルを手配してくれていた。
長良川沿いの料亭は、地元でも評判のところだと理事長は自慢の話が長い。
上司が理事長と話し込み退屈そうに窓の外を眺めていると、料亭の女将が
近寄ってきてお酌が始まった。
和服・島田姿の似合う三浦布美子(ちょっと古いか)さんのイメージ、
ちょっとぷっくりさせ、目力の強い、吸い込まれそうな魅力の持ち主。
さしつ さされつ。。。端唄の曲が流れるなか、鵜飼が
行われている光景を想像しながら
ゆっくり岐阜の夜は過ぎていく。
当然上司の目に入る。怒ると思ったらその場は笑ってすましてくれた
ように見えた。その夜遅く上司は帰り、自分一人で一泊した。
朝一番で、電話が鳴って早く帰って来いと催促があり、岐阜の夜の余韻に
浸る間もなくとるものも取らず早々と電車に飛び乗った。
岐阜特産の柿羊羹GETは忘れなかった。
その後、アルファ・ロメオ日本は、フィアット日本に名前も変わり、
世界の自動車業界の激動の波に振り回されるが、なんといっても
欧州きってのブランド。車マニアたちが支えてくれるだろう。
上司のSさんは、カリフォルニアやオーストラリアも経験し、国際派バンカーのひとりであったが、何よりも大酒飲み、豪快な方であった。
オフィス勤務時も5PMになると、さあ行きますかと若手を誘いに来る。
仕事の書類をそそくさとかたずけ、日本橋の飲み屋街に出る。
何回飲んだだろう、どこまでに行ったのだろう、
覚えてないくらい。
日本酒、焼酎、ウイスキー、ワイン、ブランデー、カクテル
何でもごじゃれの口だった、
時間たつごとに豪快に愉快になるドリンクタイム。
昼間の業務時間の指導時間よりも、アフター5,
一緒にお酒を飲んだ時間の方がはるかに長い。
上司の豪快な笑顔が好きだった、
よく言えば桜満開のイメージ、ぱあーと周りを明るくする。
悪く言えば赤鬼のようだ
顔を赤らめ、口を大きく開きアハアハアハと吸い込まれそう。
忘れられないが、今年2月、櫻を待たずに向こうへ旅立った。
奥様が3年前先に亡くなられていたので、
向こうでお二人でお好きなワインでも嗜まれていることでしょう。
ギリシャ人のグレゴリアデスさんは、すでに引退し故郷に戻られたと聞くが、今どうしているだろう。タベルナでギリシャ焼酎ウゾを
たっぷり楽しんでおられることだろう。
さまざまなこと思い出す桜かな」は芭蕉の名作であるが
蜩なき 戻らぬ時よ 涙ながる(字余り)。
この歳になると思い出す方がたのなんと多いことよ、
数えきれない。人生、邂逅なくして何かある。
この記事は、カタリベ活動に参加しています。
