📚第35話 「第二の勾玉、再生の雫奪還」(山形) 💎『東京結界戦線』 ―七つの勾玉と魔界の門―(結界バトル)
第35話 「第二の勾玉、再生の雫奪還」(山形)
羽黒山の石段に、水音だけがひとりでに響いた。
雪はやんでいた。だが羽黒山の参道には、白い冷気とは別の湿り気が残っている。ツバサの通信剣の青線は、さっき半面の男を砕いた地点から、今度は社殿の奥ではなく、石段脇の古い水路へ細く沈み込んでいた。黒い紋は見えない。なのに、水だけが不自然に澄んでいる。透き通っているくせに、底が見えない。
ツバサが青線を見つめたまま言う。
「反応、地下に落ちてる」
ユイが鈴を握る手に力を込めた。
「再生の雫※……その勾玉が、ここにあるの?」
ミカドは水路の石組みを見下ろした。
「ある。だが、向こうも分かってる。さっきの契約は前振りだ。本命はここからだ」
その瞬間、水路の水面が縦に裂けた。
中から伸びてきたのは腕だった。人の腕に近い。だが肘から先が半透明で、水そのものを固めたみたいに揺れている。さらに一本、二本。白い面をつけた異形が、音もなく水路の中から這い上がってきた。肩から下は濡れた法衣のような黒布、顔には割れた白面。だが胸の中心だけ、金の勾玉を思わせる核が、水面みたいに揺れながら脈打っていた。
ヒカルが一歩引く。
「うわ、今度は水かよ!」
水の異形は七人を囲まない。代わりに、石段の左右へ散り、水路と雪解けの細い流れをつないでいく。一本の水線が二本になり、二本が四本になる。参道そのものを、水の結界へ変えようとしていた。

シオンが低く言う。
「字じゃない。流れそのものを組み替えてる」
ミカドが即断する。
「止めろ! 水を一つにまとめる前に切る!」
テルが短剣を抜く。
胸元で『仁の火種』※が熱を返す。
火と水。相性は悪い。
だが熱は弱くならない。むしろ、冷たい相手ほど芯を保てと背中を押してくる。
ゴウが前へ出る。
「正面は俺が受ける!」
鎖が水の異形の胴へ巻きつく。だが手応えが変だ。壊れたはずの胴が、そのまま鎖の内側で形を戻し始める。切っても潰しても、すぐ戻る。再生の雫につながる力だとしか思えない。
レイが眉をひそめた。
「再生してる」
ヒカルがライトを打つ。
「見えてる、核は胸だ!」
ヒカルのライトが、水の異形の胸にある勾玉状の核を緑に照らし出す。そこへテルが飛び込む。だが短剣が届く直前、水の異形は体をほどいて横へ流れた。斬ったのは表面の水だけ。核はその後ろへずれている。
ツバサが叫ぶ。
「本体が流れてる! 位置が固定されてない!」
その時、石段の上の手水舎から水があふれた。
ごー、と音を立てるほどの量ではない。だが不気味だった。柄杓の置かれた静かな水盤から、青白い水が自分で這い出し、石段の下へ流れていく。その先で、さっきの異形たちとつながっていく。
ユイが息を呑む。
「手水まで食われてる……!」
羽黒山は山へ入る前に身を清める場所だ。だからこそ、水が重要になる。清めるための流れを奪われれば、この山の線そのものが狂う。
ミカドが地を打つように言う。
「ここは出羽三山の入口だ。水は清めだ。その清めを、向こうは再生の形で奪っている」
劣勢だった。
敵は壊しても戻る。
切っても流れる。
しかも水路と手水をつなげられたら、参道ごと相手の陣になる。
シオンが万年筆を走らせる。
「水の縁にだけ文字が乗る!」
ユイがすぐに合わせた。
「じゃあ私が中を浄める!」
三往復の掛け合いが一気に始まる。
「ツバサ、流れの芯は!」
ミカドが問う。
「手水舎から下、中央の石段裏!」
ツバサが返す。
「ヒカル、上から核を照らせ!」
「見えてる!」
「ゴウ、前を止めろ!」
「受ける!」
「レイ、凍らせるな、縁だけ固めろ!」
「分かった!」
「テル、流れの真ん中を切るな。道をずらせ!」
「了解!」

いつもの撃破ではない。
今回は、倒すより先に“流れの形”を奪い返さなければならない。
テルは短く吐いた。
「……切り方を変える」
それは自分への言葉だった。火で押し切るのではなく、水の向きを守る方向へ変える。
ユイが鈴を鳴らす。
「鈴よ響け――その穢れ、断つ!」
白い音が水路の中央へ落ちる。異形の再生が一拍だけ鈍る。
シオンの文字が、その外縁へ紫の枠を打つ。
「墨剣、刻む――その術、抹消!」
流れの端が固定される。そこで初めて、ツバサの青線が本当の芯を捉えた。手水舎の真下、石段の裏へ隠された金の勾玉核だ。
ヒカルがライトの光を重ねる。
「そこだ、見えた!」
ゴウが鎖を正面の異形へ叩き込む。
「全部受ける――そして潰す!」
レイは凍らせない。代わりに足場の石だけを白く固め、水の逃げ場を狭めた。
「今だ。流れが寄る」

テルは踏み込む。
だがその瞬間、水の異形の一体がユイを狙って跳んだ。守り役を落とせば、清めの音が止まると見たのだ。
ヒカルが叫ぶ。
「ユイ、左!」
ユイは半歩遅れた。足元の雪解け水が、わざと滑るように変えられていた。
テルの体が先に動く。
「っ……!」
短剣が水の異形を払う。間に合った。だがその一撃は、さっきまで狙っていた手水舎下の芯から大きく外れてしまう。
ツバサが叫ぶ。
「芯が逃げる!」
水の異形たちが一斉に後退する。再生の雫の力を宿す勾玉を守るためではない。逆だ。その勾玉ごとさらに奥へ流そうとしている。
ミカドが鋭く言う。
「このままだと奪われる!」

その一言で、テルは迷いを切った。
誰を守るか。
何を守るか。
両方ある。
だが今は一つにするしかない。
テルはユイへ短く言った。
「下がるな。お前の鈴が要る」
ユイが目を見開く。
「うん!」
その返事で十分だった。
テルは前へ出る。今度は敵を斬るためではない。ユイの清め、シオンの固定、ツバサの解析、ヒカルの光、ゴウの防壁、レイの足場、その全部が一本になる位置へ体を入れる。
「……守る!」
胸元の『仁の火種』が強く脈打つ。火が水を消すのではない。冷たい流れの中で、自分の芯を消さないための熱として立ち上がる。
ツバサが一点を指した。
「今、そこ!」
ユイの鈴が鳴る。
シオンの文字が縁を閉じる。
ヒカルの光が核を浮かび上がらせる。
ゴウが正面を押さえ、レイが逃げ道を狭める。
テルは短剣を振り抜いた。
「誓紋、起動――その闇、断つ!」
赤橙の刃が、手水舎の下に隠れていた金の勾玉核へ届く。
水が跳ねた。
異形たちの体が一瞬だけ止まり、次の瞬間、再生しかけた輪郭ごと崩れ落ちる。
白面も、水路の中で砕けた。
だが終わりではなかった。
砕けた核の中から、今度はもっと澄んだ金の勾玉がひとつだけ浮かび上がる。
水を閉じ込めたように透き通り、内側から細かな金の光が脈打っていた。
金に光るのに、冷たいだけじゃない。
傷を閉じるような、流れを戻すような、やわらかい力を持っていた。
ユイが息を呑む。
「これが……」
ミカドが言い切る。
「第二の勾玉だ」
その勾玉は、雫みたいな光の軌跡を引いて、まっすぐユイの前へ滑るように進んだ。
テルではない。
ツバサでもない。
最初から、ユイを選ぶように。
だがその直後、羽黒山の石段全体が震えた。
遠くの地下で、また別の反応が目を覚ます。
今度は水ではない。
乾いた白い何か。
灰だ。
ツバサの通信剣が強く揺れる。
「北東じゃない。南西……長野!」
ヒカルが顔をしかめる。
「また別件かよ!」
ミカドは青線を見て即座に決める。
「羽黒はまだ完全には終わっていない。だが長野の反応が早すぎる。次は木曽御嶽山麓だ」
ユイはまだ勾玉を見つめていた。
第二の勾玉は目の前にある。
だが、奪い返しただけで、まだ完全には定着していない。
再生の雫の力を宿したその金の勾玉は、今にもどこかへ流れそうな不安定さを残していた。
羽黒の水は奪い返した。
だが、完全な確定は次の段階へ持ち越された。
そして遠く長野では、雪ではない白灰がまた山を脈打たせ始めている。

つづく
※『仁の火種』=テルが手に入れた第一の勾玉の別名。赤橙の勾玉。
テルの勾玉の力の名=『仁の火種』
※『再生の雫』=ユイが手に入れる第二の勾玉の別名。金の勾玉
ユイの勾玉の力の名=『再生の雫』
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