【第35話 世界樹の使い道】
西へ西へと馬車で進む来翔一行は、本日も朗らかに揺られていた。
ネーラとレフトはご機嫌に鼻歌を歌っている。
「♪西へ向かうぞ〜♪ニンニキニキニキニンニンニン♪西にはあるんだ♪夢の国ンニキニン♪」
「♪ピ〜ヨピヨピヨ〜♪」
「ネーラとレフトはどこでそんな古い歌を覚えるんだい?」
「ん? YouTube!」
そのとき、目の良いレフトが何かを見つけて馬車からひとりでどこかへ飛んでいった。
「あ! レフト! どこ行くの! 待って!」
ネーラがあわてて後を追いかける。それを見ていたリスタオールが不思議そうに尋ねた。
「あの黄色い鳥はなんですの?来翔さんの使い魔ですか?」
「いや、あれはネーラのペットですね」
「自分と同じくらいの大きさの鳥をペットにしているのですか?どうやって世話を?」
「ハハハ! 確かに変ですよね。でもセキセイインコってかなり頭が良いんですよ。人の世話が要るのは生まれた直後くらいで、あとは自分でどうにかしてます。あちらの世界ではかなり初心者向けのペットなんですよ」
「そうなんですか。でも、テイマーのスキルもないのに、あんなに懐くものですか? 一緒に歌まで歌えるなんて、普通の鳥では考えられませんわ」
「こちらの世界には歌える鳥はいないんですか? あちらのインコはすぐに歌を覚えますよ?」
「それは凄い! きっと高価な鳥なんでしょうね」
「ハハハ、それがペットの中でも一、二を争うくらい安いんですよ。あちらの世界は養殖と繁殖がこちらよりずっと進んでいて、食べるためだけじゃなくてペット用にも大量に繁殖させているんです。そこが飽食の原因でもあって、動物も植物も余らせて捨てるまで作り続けます。ゾーン団がゲートから攻めてきたのも、そこに目をつけたからだと聞きましたよ」
「持ち過ぎる者の宿命ですわね。余らせて捨てるような文明は、私から見ても間違っていると思います」
そこへネーラとレフトが馬車へ戻ってきた。
「大きな木があったよ!」
リスタオールが笑顔で答えた。
「お疲れ様でした。もうすぐ私の故郷ですわ」
◆
それから二十分ほど進むと、雲の上まで伸びている巨大な世界樹がその全貌を現した。
「あれが世界樹ですか……」
「そうです。あの麓の街が私の故郷、リエール王国ですわ」
真正面にそびえ立つ世界樹を眺めながら、馬車は進んでいく。リエールの国境を越えて街の中心部へと馬車を走らせると、道端に小枝が落ちているのが目につくようになった。
「この落ちている小枝も世界樹の枝ですか?」
「そうですわ。この辺に落ちているものは、街の人が拾って薪にしていますのよ」
ネーラが道端の鉛筆くらいの小枝を一本拾い上げ、レフトとつつき合いをして遊び始めた。
街の中心部で馬車を降りた一行は、歩いてリスタオールの実家へと向かった。
◆
実家に着くと、リスタオールの両親が出迎えてくれた。
二人ともリスタオールに負けず劣らずの若い美男美女で、言われなければどちらが親かわからないほどだった。
父親の名前はリスタス。年齢はおそらく八百歳を超えているそうだが、本人も細かい数字はもう覚えていないという。母親のオルティアも同じく、およそ八百歳とのことだった。
今回の来訪目的が木工製品の制作だと聞いたリスタスが、来翔の腕前に興味を示した。リスタス自身も木工職人で、主に魔道士の杖を手がけている。
「なんだと! 世界樹を使って箱を作るだと? そんな硬い箱を作ってどうするんだ?」
「帝国の偉い方への献上品なので、硬さよりも価値の方が重要でして。まあ、もちろん硬ければ硬い方がありがたいんですけど。弁当箱なので、何かの弾みで変形したり割れたりしたら液漏れしますからね」
「液漏れって、木で箱を作るんだぞ? どうやったって液漏れはするだろう?」
「いや、そこはちゃんと液漏れしないように作りますし……」
そこへリスタオールが、労役中に来翔が作った曲げわっぱをリスタスに見せた。
「お父さん、ところが来翔はそれができる木工職人なのよ。ほら、これを見てよ。液漏れなんてしないんだから」
リスタスが蓋の開け閉めを何度か繰り返して唖然とした。
「これほど密閉しているのに、蓋がこんなに軽く開くじゃないか! これはどういうカラクリだ?」
「カラクリというか、手の感覚ですね」
「素晴らしい! よし、俺にも来翔さんの作業を見せてくれ! 工房の道具も材料も好きなだけ使え!」
◆
こうして、蒔絵の重箱の制作が始まった。
世界樹の樹液から作る聖漆と、魔道士の杖の制作に使う金箔が潤沢にある。素材としては申し分なかった。
まず木地作りから入った。エルフの森の中では、世界樹は来翔の意図を汲み取るかのようにカンナ一差しで飴細工のように滑らかに削れた。釘を一切使わない指物の技法で板を組み上げ、自ら発光するような木目を極限まで薄く活かしながら、しかし堅牢に仕上げていく。
次に世界樹の樹液を精製して聖漆を作った。不純物を取り除き、攪拌して水分を飛ばすと、透き通るような琥珀色の漆が完成した。これを何度も塗っては研ぎ、木の強度を高めていく。魔力を帯びた聖漆を塗るたびに重箱が静かに呼吸を始め、周囲の魔素をわずかに浄化するような気配を放ち始めた。
下地が整うと、細い筆で文様を描き込む。広島の厳島神社の鳥居、日本の季節の花々。その漆が乾く直前の粘りを利用して、金箔を隙間なく置いていった。世界樹の聖漆と金箔の相性は抜群で、金箔がまるで生きているかのように表面へ吸い付いていく。さらに細かな金粉を蒔いて立体感を出し、乾いたところで炭で慎重に研ぎ出した。金色の文様が漆の奥底から浮き上がってくるような、深みのある光沢が生まれた。
最後に薄く漆を塗り込んで脱脂綿で丁寧に拭き上げ、完成。
来翔は基本通りに作っただけだった。ただ、素材が良すぎた。
数日後、見事な重箱が二十個完成した。
「見事だ、来翔さん! これを献上品として帝国に持っていけば、間違いなく国賓扱いだぞ?」
「ハハハ、褒めすぎですよ。基本通りに作っただけですから」
リスタスはそれだけでは飽き足らず、来翔が作った世界樹の杓文字にも目を丸くした。
「来翔さんが作ったこの杓文字も凄い! 飯粒がヘラに全くくっつかないじゃないか! これなら米を一粒も無駄にせず茶碗によそえるぞ!」
「ハハハ、それはあちらの世界では百均に行けばどこでも売ってますから。今どき飯粒がくっつかない杓文字は当たり前なんですよ。でも、世界樹で作るとそうなるとは嬉しい誤算でした。これならプラスチック製の杓文字にも勝てますよ」
「そのプラスチックという素材はわからんが、世界樹クラスの杓文字が作れるのなら、そのプラスチック製というのは相当高価なんだろ?」
リスタスはすっかり気に入って、何度も何度も茶碗にご飯を盛り付けた。何杯盛っても杓文字に飯粒は一粒もくっつかなかった。
来翔は杓文字に合わせておひつも作った。おひつと杓文字はそのままリスタス宅の生活雑貨として迎え入れられ、オルティアが大喜びした。
◆
来翔が数日も工房に入り浸りなので、暇を持て余したネーラとレフトは世界樹のてっぺんを目指して天高く飛んでいた。
飛んでも飛んでも先端に届かない。二人は途中の枝で一休みしながら、それでも上を目指し続けた。
「ピヨピヨ」
「うん、そうだね。疲れたよね……」
「ピヨピヨ」
「どこまで? 知らないよ、そんなの!」
「ピヨピヨ」
「え〜! 今更、戻るのは嫌だよ〜。せっかくここまで来たんだし、てっぺんまで行ってみようよ!」
「ピヨピヨ」
「わかったよ〜。それなら並航スキルを使うよ。それならレフトも楽ちんでしょ?」
「ピ〜ヨ♪」
疲れたというレフトを楽にさせるため、ネーラは並航スキルでレフトをそっと牽引しながら、まだ見ぬ世界樹のてっぺんを目指してひたすら飛び続けた。
