【第127話 イカロスの翼よりも高く】
ホーリーレインを避けるために後方まで避難していたレンカが、地面のデメタとレフトに気がついた。レンカはデメタとレフトの事が気にはなったが、大魔法を放った直後のカリーナの方が重要だったので、真っ直ぐカリーナの元へ飛んで行った。
(あれほどの大魔法だ! クールタイムも長いはず! そして、MPだって枯渇してるはずだ!)
レンカは、勝機を感じていた。
現場まで着くと、カリーナはちょうど瀕死の三人にトドメを刺すところだった。そんなカリーナへ向けて、レンカはセイレーンの歌を歌った。
すると、カリーナはセイレーンの歌も魔法障壁で全く効かず、空にいるレンカを見つめて大爆笑をし始めていた。
「セイレーンなんてのは男しか殺せないんだろ? アンタみたいなハンパもんが、よく今までビリーの相棒を勤めてたねぇ〜。あ! もしかして、相棒じゃなくて、ただの性奴隷だったのかしら?」
ビリーを侮辱する発言に、レンカは激怒した。レンカだけではなく、LEONもまた瀕死状態にも関わらず、ゆっくりと立ち上がった。
「ハハッ、やっぱりトカゲはタフだね〜」
LEONは最期の力を振り絞って世界樹のブーメランで殴りかかったが、やはりカリーナの魔法障壁には傷一つ付かなかった。レンカは水魔法で攻撃はするものの、やはり魔法障壁にダメージは与えられなかった。
「クッソ! MPが枯渇してないの!?」
「アハハ! 私の『スタミナ』のスキルはMPが枯渇しないのさ! もうアンタらは負けたの! 諦めな!」
レンカとLEONがどうすることも出来ずに項垂れた瞬間、
「ピヨ! ピヨ!」
「ゲコ! ゲコ!」
という声が聞こえて振り返ると、レフトとデメタとエリーがこの場に現れた。
レンカがそんな三人に、空の上から叫んだ。
「おチビさんたちは後方に戻ってちょうだい! ここは危ないの!」
「ゲコ! ゲコ!」
「ピヨ! ピヨ!」
エリーが通訳する。
「LEONは舌でカリーナを拘束! レンカはそれのサポート!」
「ピヨピヨピヨ!」
「うん! わかったよ、レフト!」
レフトの合図でデメタがLEONの隣に並んだ。
「ゲコ!」
LEONは保護色を展開して姿を消した。レンカはLEONが狙いやすいように、鳥の足の爪で必死に攻撃を仕掛けている。
その隙を見てLEONがカリーナを舌でぐるぐる巻きに拘束すると、動けなくなったカリーナをデメタがパクッと喰ってしまった。LEONの舌は、その刹那カリーナを離した。
一瞬、誰もが勝ったと思い込んだのだが――魔法障壁ごと喰ってしまったので、デメタの胃袋の中ではカリーナが必死で抵抗していた。胃袋の中でカリーナはデメタに向けてインターナルボムを放っている。デメタの内部が爆発する度に、デメタの身体が真ん丸に膨らんでいた。デメタの鼻からは鼻血が止まらなくなり、目からは涙が溢れていた。それでもデメタは吐き出すことなく、懸命に耐えている。
「ゲコゲコ(レフト! 早く行こう! やっぱりバリアは消化できなかったよ! 早くしないとカリーナが出てきちゃう!)」
「ピヨピヨ!(エリー! お願い!)」
「うん! わかった! 大きくな〜れ!」
エリーの『巨大化』スキルにより、レフトもまた巨大化した。
「ゲコゲコ(僕の後ろ足を鷲掴みして!)」
「ピヨ!(OK!)」
カリーナを胃袋に閉じ込めたままのデメタの後ろ足を、レフトが『鷲掴み』スキルで掴むと、そのままデメタごと天高く舞い上がった。その間も何度もカリーナはインターナルボムを繰り返しているのか、デメタは爆発音とともに真ん丸になって涙を流していた。
「ピヨピヨ(デメタ! 大丈夫?)」
「ゲコゲコ(苦しいけど頑張る! 絶対に吐き出さない!)」
「ピヨピヨ(本当に太陽まで耐えられる?)」
「ゲコゲコ(頑張る! 太陽にコイツを突き落とすまで僕は吐き出さないよ!)」
「ピヨピヨ(僕も頑張って太陽まで飛んでやるー!)」
デメタが考えた作戦は、単純明快なものだった。カリーナを喰う。もしも、魔法障壁が消化できない時は、レフトに頼んで太陽まで飛んで行って、太陽にカリーナを突き落とすというものだった。
ガマガエルとセキセイインコが出来る、強者への最大の抵抗だった。
「ピヨピヨ(もうすぐ雲だよ! 雲の上にサンタさんがいるかもしれないよ?)」
「ゲコゲコ?(サンタさん? って誰さ?)」
「ピヨピヨ!(クリスマスにプレゼントをくれるお爺さん!)」
「ゲコゲコ(なんでプレゼントをくれるのさ?)」
「ピヨピヨ(いい子にしてたら貰えるの!)」
「ゲコゲコ(え? 嘘だー! だって僕はいい子なのに貰ったことないよ?)」
「ピヨピヨ(来翔の家に来れば貰えるよ? 妖精さんも全員スケボーを貰ってたもん)」
「ゲコゲコ!(じゃあ、今年のクリスマスには遊びに行くよ!)」
「ピヨピヨ(ほら? 雲の上に着いたよ! 前にここへ来た時にはサイモンさんがいたんだよね〜。サイモンさんからレベルアップの胡麻を貰っちゃったんだ)」
「ゲコゲコ(雲の上にも住めるんだね〜)」
「ピヨピヨ(そうだよ! でも、サイモンさんは降りられなくなって何百年も雲の上にいたんだってさ!)」
「ゲコゲコ!(馬鹿なやつ!)」
「ピヨピヨ(中々、太陽に近づかないね)」
「ゲコゲコ(太陽に近づいてるのに寒いね)」
「ピヨピヨ(僕は羽毛があるから大丈夫だけど、デメタは平気?)」
「ゲコゲコ(あまり寒くなると冬眠しちゃうからヤバい。カリーナが出てくるかも……)」
「ピヨピヨ(頑張れ! もっと頑張って太陽に近づくからね! きっともうすぐ暑くなるはず! だってもう地面が見えないくらい高いとこまで来てるんだもん! さっきから寒さよりも、なんか苦しくない? 僕はさっきからハァハァしてるよ?)」
「ゲコゲコ(僕は呼吸はしばらくの間ならしなくても平気だから大丈夫。今は寒いだけ!)」
「ピヨピヨ(僕は苦しいだけ!)」
その間もカリーナのインターナルボムは続いていて、デメタの身体からは爆発音が響いていた。デメタもずっと涙を流し、鼻血を流しながら寒さと戦っていた。
「ゲコゲコ(カリーナが中から爆発させてるから何とか冬眠しなくても平気だけど、なんかカリーナの動きも鈍くなってきたよ?)」
「ピヨピヨ(疲れたのかな?)」
「ゲコゲコ(疲れたんだね?)」
「ピヨピヨ(あとは太陽に落とすだけだね!)」
「ゲコゲコ……?(レフト……。ここから先は君一人でも行けるかい?)」
「ピヨピヨ(えっ? 嫌だよ! 一緒に太陽まで行こうよ!)」
「ゲコゲコ(実はガマの術が切れそうなんだ。カリーナを胃袋の中に入れたままで元の大きさに戻ると、僕の身体は破裂するんだ……)」
「ピヨピヨ(そんな……。僕一人じゃカリーナの魔法に耐えられないよ!)」
「ゲコゲコ!(大丈夫! さっきからカリーナがずっと大人しいもん! きっと疲れたんだよ!)」
「ピヨピヨ(本当に? それならここからは一人でも行けるかな?……あ! でもさ、君はここからどうやって帰るのさ!)」
「ゲコゲコ……(落ちるよ。このままね……)」
「ピヨピヨ(え? 落ちる? そんなのダメだよ! 君が死ぬもの!)」
「ゲコゲコ!(良いさ。僕が死んでも悪を倒すためには仕方ないよ。雨森もきっとわかってくれる)」
レフトは涙が溢れた。
「ピヨピヨ?(あとどれ位で身体が縮むの?)」
「ゲコ……(三分……)」
「♪ピ〜ヨピ〜ヨピピピ(カエルの歌が〜♪)」
「♪ゲコ〜ゲコ〜ゲコ〜コケ(♪聞こえてくるよ〜♪)」
「♪ピヨピヨピヨ〜(クワクワクワクワ〜♪)」
「♪ケケケケ♪ケケケケ♪クワクワクワ♪」
「ゲコゲコ?(ほら? いい歌だろ?)」
「ピヨピヨ(うん! 良い歌だね!)」
「ゲコゲコ!!(限界だ! 吐き出すよ! 受け取って、レフト!!)」
デメタがカリーナをレフトが受け取りやすくするために、レフトよりも高い位置へ吐き出そうと空を見上げた。下を見ていると青空なのに、上の空は淡く紺色の世界が広がっていた。
(宇宙だ! レフト! 受け取れ!)
デメタがカリーナを吐き出すと、グッタリとしたカリーナがレフトよりも高い位置に吐き出された。それを受け取るために、レフトは泣きながらデメタを離してカリーナをキャッチした。
「ピヨピヨ!(受け取ったよ、デメタ!)」
デメタは既に、レフトの視界からは消えていた。
レフトは下を見ることなく、必死で羽を羽ばたかせて漆黒の空へと舞い上がった。
真っ逆さまに落ちていくデメタは、力強く羽ばたいているレフトを満足そうに眺めながら呟いた。
「ゲコゲコ!(頑張れ! レフト! もうすぐ宇宙だ!)」
◆
レフトも、空の色の変化にようやく気がついた。
「ピヨピヨ(もうすぐ宇宙なんだ! カリーナが大人しいけど寝てるのかな?)」
レフトが鷲掴みにしてるカリーナを見ても、カリーナは微動だにしなかった。空が青くない。それは、上空二万メートルを超えているということだった。
この成層圏には、人が生きていけるほどの空気がない。気圧もない。気温も北極よりも寒いのだ。こんな環境では、さすがのカリーナも仮死状態になってしまう。
そんな地球の仕組みを知らないセキセイインコのレフトは、カリーナを太陽へ落とすために必死で翼を羽ばたかせたのだが、ここから先には進めなかった。鳥の翼は、気圧が無ければ進めない。飛べない。気圧のない世界で、レフトはいつか太陽へ到着すると信じて、飛び続けていた。
「ピヨピヨ(今年のクリスマスにはデメタも来るんだ! きっと下では雨森が上手にデメタをキャッチしてくれるよね! それにしても、中々、宇宙に着かないなぁ〜。もう疲れてきた……。エリーの巨大化スキルはいつまで持つんだろう? ちゃんと聞いておけば良かったよ。アインなら知ってるかな? 今度、アインに聞いてみよう。それにしても、カリーナも全然起きないや。僕もそろそろ眠くなってきたよ……。どこか休めるところがあれば良いんだけど……)」
と、その時、エリーの巨大化の効果が無くなった。元の小さな小鳥に戻ったレフトは、そこで力尽きて意識を失い、真っ逆さまに落ちていった。もちろんカリーナも仮死状態のまま、真っ逆さまに落ちていった。
◆
その頃、地上ではリスタオールの回復魔法で、来翔とワタルの意識が戻った。LEONも回復魔法で身体の傷は治っていた。
意識を取り戻した来翔は、レンカからとんでもない事を聞いてしまった。デメタとレフトが太陽まで飛んで行ったと。
仰天した来翔は、レンカに懇願した。
「レンカさん! 無理でもいい! 二人を助けに行ってください! 飛べるのはアナタだけだ!」
レンカは天高く舞い上がった。レンカも空は飛べるが、雲の上までは来たことがなかった。
(雲の上……初めて来たわ……既にこの辺から寒いのね……。こんな寒さの中を……)
やがて地面が見えなくなる頃、レンカの目の前を小さなガマガエルが気を失ったまま落ちてきた。慌ててガマガエルをキャッチすると、当然それはデメタだった。
「デメタ! デメタ!」
デメタはピクリとも動かなかった。デメタもまたカリーナ同様に仮死状態。つまり冬眠状態になっていた。
「良かった。生きてる!」
レンカはデメタの状態を理解すると、涙が溢れていた。
「きっとレフトはこの上だ!」
レンカも必死で天高く舞い上がった。
やがて、見覚えのある女がグッタリと意識の無いまま、真っ逆さまに落ちてきた。レンカは受け止めることなく、それをスルー。カリーナから遅れて数分後、小さな黄色の小鳥が翼を広げたまま、天使のごとくフワリと落ちてきた。
レフトの翼を広げた姿を見て、最後まで飛び続けていたことを知ったレンカは、上空一万メートルで号泣した。
レフトもまたデメタのように、ピクリとも動かなかった。鳥は冬眠できない。それは、セイレーンであるレンカにもわかることだった。
レンカは二人の小さな身体を大事に抱えながら、地上に降りてきた。
地上に降りると、カリーナは五体満足な姿ではなくなっていた。誰の目から見ても即死だった。いや、上空一万メートル付近で、実は既に死んでいたのかも知れない。
レンカの両手に包み込まれるように、デメタとレフトは地上に降ろされた。デメタの方はすぐに雨森が懐に入れて温めている。レフトの方はリスタオールが涙を浮かべながら、懸命に丁寧に優しく回復魔法を唱えていた。ネーラは片時もレフトから離れることなく、号泣し続けていた。
こうして、最終決戦の幕は降りたのだった。
(第128話へ続く)
