【第110話 商売戦】


 ZONに残ってる奴らの情報を聞いて、来翔が判断を下した。


「まずは、敵対していない地球人を何とかしよう。あとはトンプソン、デビットのような慕ってくれてるゾーン団の人たちは他にいるかい?」


「正直わからない。俺はゾーンの中では異質なのだ。欲しいものは奪えという考えを捨ててしまった時点で、俺を慕っていたのは潜水艦の乗組員くらいだった」


「そうですか。デビットさん、ZONの敵対してない地球人をリストアップ出来ますか?」


 デビットは何度も頷きながら答える。


「はい! すぐに取り掛かります! それで、彼らはどうやってこちら側へ引き込むのですか? 私が会社に戻って皆に声をかけましょうか?」


「いえ、それをやると間違いなくデビットさんは殺されます。ごくごく自然にZONを辞めさせれば良いんです」


「は? 辞めさせる? どうやって!? 我が社はアメリカでも有数のホワイト企業なんですよ? 給与も他社の倍です。そんな会社を辞めさせるのは難しいですよ?」


 来翔はワタルを見つめて語り始める。


「ワタルさんがスポンサーになってくれますよね?」


 ワタルは来翔の言ってる意味がわからず、困惑していた。ワタルだけでなく、その場にいた全員が戸惑っていた。


「デビットさんとトンプソンで、ZONのライバル社を起業してください! 軍資金はいくら使っても良いです! 勇者銀行がいくらでも融資しますので! ZONに匹敵するような貿易会社を立ち上げてください。そして、堂々とヘッドハンティングしましょう! ここがアメリカで良かった〜。ヘッドハンティングなんて日本じゃ逆に目立ってしまうけど、アメリカならよくあることなんですもんね?」


 来翔のアイデアを聞いて、デビットとトンプソンが顔を見合わせて感心してしまった。


「トンプソンさん! こ、これならカリーナやモナにバレずに、敵対心のない社員たちを堂々と引き抜けますよ! 反カリーナ派閥の左遷組も引き抜いてしまいましょうか!」


 トンプソンは渋い顔をして答えた。


「しかし、この方法では時間が掛かりすぎる! 実際に会社を作って、それなりに実績を作らないと、ヘッドハンティングしたところで誰も転職なんてしてこないぞ」


「大丈夫! そもそも、トンプソンは統御スキルを使って株を先読みしてたんだろ? それだけでも投資家には信用されるし、貿易会社としての商品の買い付けもウチのアインに任せれば、ヒット商品しか買い付けてこないし、輸出も全て黒字にしてくれるからね。新進気鋭のベンチャーとして派手に起業してみよう! デビットさん、適任の社長を手配して下さい。並行して起業もお願いします。トンプソンは勇者資金で株を買いまくって、これから起業するTdカンパニーの名がウォール街で広まるようにしてください。トンプソン&デビットで、Tdカンパニーです。安易ですが名前を考えてる暇もないので、これで行きましょう! まずは戦闘ではなく起業です! かつて江差から忽然と消えたゾーン団と、同じことをしてみましょう!」




 ◆




 こうして、デビットとトンプソンによる起業が始まった。


「トンプソンさん! 例の特急オプションで登記申請で良いですよね?」


「無論だ。軍資金は勇者資金がある。いくらでも使え」


 二人はパソコンの前で書類を作り始める。


 スポンサーであるワタルが、デビットへ尋ねた。


「特急オプションというのは何なのですか?」


「あまり使う企業はいないのですが、追加の軍資金を数百ドル支払うことで、登記を二十四時間以内でやってもらえるサービスです。まあ、こんな裏技は詐欺師しか使わないものなんですが、通常の登記には二週間も掛かりますから、今回はこれで行きましょう。登記を終わらせないとEIN(連邦開業納税識別番号)が貰えません。ようするに、このEINが無いと正式にヘッドハンティングが出来ないんです。口座も法人口座を作らなければ、トンプソンさんが株の売買で名を売ることが出来ません。なので、特急オプションが必須なのです。それなら、三日以内には開業に向けての全ての準備が整います」


 ビジネスマンのデビットだけならともかく、ゾーン団のトンプソンまでもが起業について詳しいことが、ワタルには奇妙に見えていた。


「トンプソン達は、江差町を放棄したあと、こうやって起業してたのか……。本当にスキルってチートだな……」


 それを聞いていた、ゴミスキルしかないチックルが、少しだけ膨れて答える。


「どうせ、私なんてゴミスキルしかないですよーだ!」


「アハハ! チックルの歌唱のおかげで、僕とマーガレットはいつも素敵なチックルの歌が聴けて嬉しいんだよ? ハズレスキルじゃないさ!」


 チックルが嬉しくなって歌い始めたが、トンプソンに仕事の邪魔だと怒られ、ワタルと共に部屋から出て行った。


 部屋を出てダイニングに来ると、来翔とネーラとレフトが揉めているのが聞こえてきた。


「お願い! 来翔、カーコとキーコに頼んでみて!」


「それは良いんだけど、ネーラとレフトが戦うために胡麻を食べるのは反対だよ。君たちは戦わなくても良いんだ」


「でも、カリーナって奴は強いんでしょ?」


「うん。ネーラとレフトがレベルを上げても、勝てないほどにね」


 ワタルが思わず声をかけた。


「何を揉めてるんですか?」


 来翔も困り顔で答える。


「開業まで時間があるので、僕がビリーさんの遺品をビリーさんの仲間の元へ届けようと思ったら、ネーラとレフトも異世界に着いてきて、レベルアップの胡麻を貰いに行きたいと言うんですよ……。それで、エアウルフに一緒に乗せてくれとカーコに頼んで欲しいと言い出しまして……」


 ネーラとレフトが必死に懇願している。


「ピヨヨヨヨ!」


「レフトも役に立ちたいんだって! お願い! 来翔! サイモンさんのとこには、まだ色んな魔導書もあったんだよ!」


 魔導書について初耳のワタルも、興味を引かれてしまった。


「魔導書? それはいったいどんな本なの?」


 来翔も困り顔で答える。


「ほら? 僕が生活魔法を覚えたのも、サイモンさんから魔導書を貰ったからなんです。魔導書を読むと、自然と詠唱や効果がわかるんですよ」


「え? そんな便利な物があるなら、俺も魔法を覚えたいですよ!」


「それが……ワタルさんでは覚えられないんです……魔素が無い人には、どう頑張っても無理なんですよ」


「あ、そうか。来翔さんは魔素の水を飲んで魔物肉を食べて、死にかけて魔素を体内に取り込んだんですもんね……」


「はい。ただし、攻撃魔法を扱えるほどのMPは無いですよ。僕はまだレベルも低いですし……。なんなら、ネーラとレフトにもレベルは負けてますからね……。………そうか……僕も胡麻を食べてみようかな?」


 ネーラとレフトが途端に笑顔になった。


「ピヨピヨ!」


「そうだよ! 来翔! 来翔もレベルアップすれば、絶対にカリーナに勝てるよ! 来翔だけレベル1なんて変だもん!」


 来翔は少しだけ考えてから、ネーラとレフトとワタルに尋ねた。


「あちらのギルドで調べてもらった時、僕のジョブは職人だったんだけど、レベルが上がっても戦闘スキルは身につかないんじゃないかな?」


「「「あっ!!(ピヨ!)」」」


 ワタルとネーラとレフトが顔を見合わせて、頭を抱えてしまった。




 ◆




 こうして、来翔とネーラとレフトは、異世界へビリーの遺品を届けるついでに、サイモンに会って胡麻と魔導書を貰うため、カーコとキーコのエアウルフで奥尻まで飛んだ。ワタルとLEONと雨森は、トンプソンを監視するためにシアトルに残った。


 そんな中、雨森はたくましくも、シアトルのパイク・プレイス・マーケットでガマの油売りをする事になった。


「あっしは地球の言葉は日本語しか喋れねぇんで、勇者様の奥さんが同時通訳してくれると、ありがてぇんですがね?」


 マーガレットは喜んでそれを了承し、侍衣装の雨森に合わせてくノ一の衣装を着て、雨森の隣に立って啖呵売の同時通訳をする事になった。




 ◆




 パイク・プレイス・マーケットのど真ん中で、ガマの油売りラップ口上。


 (デメタが雨森の頭の上で「ゲコッ! ゲコゲコッ!」と十六ビートのリズムを刻み始める)


**雨森:**


「さあさあお立ち会い! 遠目山半分、近く寄ってご覧じろ! ここへ取り出したるは、蝦夷は函館、由緒正しきガマの油だ!!」


**マーガレット:**


「*Yo, listen up y'all, gather 'round the square!*

*Straight out of Hakodate, dropping culture right here!*

*This ain't no fake, this is the ultimate healing magic,*

*Behold the legendary Toad Oil, making pain dynastic!*」


**雨森:**


「そんじょそこらのワセリンじゃねぇ、我が師匠・デメタの魂! 刃物傷から打撲に火傷、あらゆる痛みをシャットアウトだ!!」


**マーガレット:**


「*No cheap vaseline, no chemical scam,*

*Master Demeta's soul packed tight in this clam!*

*Swords, burns, and bruises, whatever the hit,*

*One touch of this grease and your pain's gonna quit! Watch it!*」


 (ここで雨森がムール貝の殻をパカッと開け、ヘラで油をすくい上げる)


**雨森:**


「見ろよこの器、現地の恵み、シアトル特産ムール貝! きっちり密閉・真空パックで、衛生管理も抜かりはねぇぜ!!」


**マーガレット:**


「*Look at the package, local vibe, custom style,*

*Fresh Seattle mussels making eco-heads smile!*

*Vacuum sealed tight, pristine, clean and green,*

*The dopest organic balm that you've ever seen!*」


**雨森:**


「ひい、ふう、みい、よ、いつ、む、なな、や、ここのつ、とお! お値段なんと一枚百ドル! さあ買った買った、早い者勝ちでぃ!!」


**マーガレット:**


「*Counting down the stock: One, Two, Three, Four, Five!*

*One hundred bucks a pop to feel instantly alive!*

*Grab it fast, move your ass, don't miss the chance,*

*Buy this mystic cure and let your soul dance! Ha!*」


**デメタ:**


「ゲコッ!!!(完璧なキメポーズ)」




 パイク・プレイス・マーケットは大盛り上がりとなり、ガマの油は飛ぶように売れた。雨森もいつもの五倍の価格でも飛ぶように売れるので、翌日には十倍の価格で売り出してみたが、それでも完売してしまった。


 突然シアトルの街中に現れた日本の伝統文化――ガマの油売りは、一躍人気者に躍り出た。マーガレットはゾーン団に顔がバレているので、くノ一の頭巾で顔を完全に隠しながら、営業を続けていた。


 パイク・プレイス・マーケットには、常に人だかりが出来上がっていた。


 そして、そんな人だかりを遠目で見つめながら、カリーナがマンションから出てきて重役出勤をしようとしていた。昼近くにも関わらず欠伸をしながら、お出迎えの車に乗り込んでいく。


 そんなカリーナを、頭巾を深々と被ったマーガレットが見つめ続けながら、啖呵売の同時通訳を演じていた。




 (第111話へ続く)

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