【第37話 また逢う日まで】


「来翔、この重箱にお弁当を作って、小さな気球を作って飛ばせる?」


 完成した蒔絵の重箱を指さしながらネーラが言ってきた。さすがに気になり過ぎて来翔が問い詰める。


「毎日、新聞を飛ばしてるけど、誰に持っていってるんだい?」


「世界樹のてっぺんにお爺さんが住んでて、新聞を持ってきて欲しいんだってさ。いつも私とレフトに胡麻とトウモロコシとお茶をくれるから、たまには恩返ししたいんだよぉ〜。ねぇ、明日はお弁当を飛ばせる? まだ自衛隊のカレー残ってる? カレーならお爺さんも喜ぶよ」


「は? 世界樹のてっぺんにお爺さんが住んでるのかい? こないだの変なお金もそのお爺さんからもらったの?」


「うん! あのお金は変だったの?」


「うん……。大昔のお金なんだって。今はもう使えないんだよ。だから、明日のお弁当にあのお札を一緒に入れておくから、返しておいてね」


「OK! 気球作戦、楽しみ!」


 翌朝、律儀に来翔はロウソクで飛ばせる熱気球を作ってくれた。重箱には簡単なお弁当を詰めて、ネーラが軽量化を付与する。


「凄いな! ネーラ、いつの間に軽量化が三十パーセントになってるんだね」


「そうなの! 毎日レフトと世界樹のてっぺんまで行ったからレベルが上がったの!」


 来翔はいつものように朝刊を紙飛行機にして、熱気球のロウソクに火をつけた。フワリと重箱が宙に浮き上がったところで、紙飛行機を空へ飛ばす。ネーラの並航スキルが紙飛行機と熱気球を一緒に掴んで、世界樹のてっぺんへと飛んでいった。


 来翔は空へ消えていく一人と一羽と一個の気球をしばらく眺めてから、工房へ向かった。



 ◆



「お爺さん! 今朝はお弁当を持ってきたよ! 来翔に気球にしてもらったから並航で持ってこれた!」


 蒔絵の重箱を受け取ったサイモンが目を見開いた。


「なんじゃこれは! まさか世界樹で弁当箱を作ったのかえ!」


「うん! 来翔は木工職人なの!」


「なんてものを作ったんじゃ……」


「弁当箱だけでそんなに驚かないでよ! 早く食べてみて! カレーも入ってるからさ! ちゃんと世界樹のスプーンも入れてきたんだから!」


 三段重ねの重箱を開けると、美味しそうな料理がぎっしり詰まっていた。下段にはカレーが入っている。世界樹のスプーンでカレーを一口食べたサイモンが固まった。


「なんじゃこれ! 美味すぎる! これは世界樹の効力かえ?」


「違うよ。カレーは元々美味しいんだよ」


「そうかの? カレーとは元から美味いものなのかの? しかし、この重箱には特殊な効果が付与されておるぞ? ちゃんとした魔道士さんに鑑定してもらうと良いぞよ」


「ふ〜ん。きっと献上品にするから、帝国の魔道士さんがやってくれるよね」


「うむ、献上品ならば必ず鑑定してもらえるじゃろ。しかし、この重箱が完成したのなら、そろそろお嬢ちゃん達もエルフの里から出ていくのじゃな?」


「たぶん、そうだよ。早く帝国に行ってワタルを助けなきゃ!」


「そうか、寂しくなるのぉ〜。ところで、そのワタルというのは帝国で捕まっておるのかえ?」


「捕まってないけど、勇者だから連れていかれたみたい。まだ異世界人だとバレてないから、この世界の勇者だと勘違いされてるの」


「なんと! 勇者までお嬢ちゃんの仲間かえ! それならばその勇者にこの胡麻を食べさせるが良い。勇者ならば良い子に違いないから、レベルも上がるわい。あとはのぉ……」


 サイモンが戸棚から殻付きの胡桃を五個取り出してきた。


「胡桃五個ならお嬢ちゃんも下まで飛べるかえ?」


「楽勝だよ! 軽量化で軽くできるし、胡桃を風呂敷に包んでくれればレフトのスキルでも運べるよ?」


「そうか。それならこの胡桃と胡麻を勇者に食べさせるんじゃ。ハンカチに包んでやるから持って帰るんじゃぞ」


「胡麻はレベルアップでしょ? 胡桃は何?」


「この胡桃は美味しい胡桃じゃ」


「ふ〜ん、美味しいんだ。それならワタルも喜ぶよね! 必ず渡すね! あ、それからお弁当箱の風呂敷にこないだのお札も入ってたでしょ? あのお金はもう古くて使えなかったんだ。来翔が返すって入れてくれたよ。今はPじゃなくてQって単位なんだよ」


「なんと! それは悪いことをしたのぉ〜。毎朝の新聞はその来翔とやらが奢ってくれていたんかの?」


「うん。来翔は優しいから気にしなくて大丈夫! いつも私やレフトやLEONにも奢ってくれてるんだよ」


「さすがに奢られっぱなしも悪いからのぉ。そやつは魔法の才能はあるのかのぉ?」


「え? 無さそうだけど、わかんない。普通に魔物のお肉を食べてるから、体内に魔素が馴染んでるとは思うけど……」


「魔物の肉を食べられるのなら大丈夫じゃ。ちょいと待っておれ」


 サイモンが奥の部屋へ入って、しばらくして魔法書を何冊か抱えて戻ってきた。


「この中から来翔に相応しい魔導書を持って行ってやるが良いぞよ」


 ネーラの目の前に、電撃魔導書、召喚魔導書、水性魔導書、光魔導書、生活魔導書の五冊が並んだ。


「さあ、お嬢ちゃん。来翔に相応しいものを選ぶが良いぞよ」


 ネーラがじっと五冊を見つめていると、レフトが耳元で囁いた。


「ピヨピヨ!」


「うん! やっぱりレフトもそう思うよね! 私もこれだと思ってたよ! お爺さん、これをもらってくよ! 本は少し重いからレフトがスキルで持ってくれるってさ!」


「そうかの。それで良いのじゃな。来翔が喜んでくれると良いな」


「絶対に喜んでくれるはず! レフトもそう言ってるし!」


「ピヨ!」


「さあ帰ろうか。レフト、鷲掴みスキルで本を持てる?」


「ピー!」


 レフトは本を両足でガッチリ掴んで羽ばたいた。


「それじゃお爺さん、ありがとう! また来るからね! 今度来る時は皆を連れてくるよ!」


「それは楽しみじゃ。その来翔とやらにも会ってみたいもんじゃ。帝国まで気をつけてな!」


 ネーラは胡桃と胡麻を包んだハンカチを持って、レフトは魔導書を両足に抱えて、二人は下界へと飛び去った。


「久しぶりに愉快な数日間じゃったわい。さて、せっかく頂いたお弁当でも食べようかのぉ」


 サイモンは幸せそうにお弁当の続きを食べ始めた。



 ◆



 エルフの里に帰ってきたネーラとレフトは、早速、サイモンからもらった魔導書を来翔のところへ持っていった。


「レフト、お前こんな重たい本を掴んで飛んで大丈夫なのか?」


「ピ〜ヨピヨヨヨ!」


「なんだ? この本は俺にくれるのか?」


「ピヨ!」


「お爺さんからお弁当のお返しだよ。来翔の身体が魔素に馴染んでるから、魔導書で魔法を取得できるってお爺さんが言ってたの。私とレフトで選んだんだ!」


 来翔が魔導書のタイトルを見た。


 『生活魔導書』と書かれていた。


「……これを読むと魔法が使えるのかな?」


 一ページ目を開いてみると、脳内に生活魔法に関する知識がすうっと染み込んでくる感覚があった。説明書きを読み込むのではなく、最初から知っていたかのように自然と定着していく。


「お? なんかわかるぞ! ちゃんと生活魔法の知識がある! よし、試してみるか!」


 来翔が工房のほうきを手に取って魔法を唱えた。


「掃き掃除!」


 するとほうきが来翔の手の中でサッサと動き始め、工房の床をみるみる綺麗にしていく。ただし、独りでに動くわけではなく、あくまでも来翔の手を通して動くので、手を離すとほうきはパタリと倒れた。それでも、魔法を使いながら掃除をすると仕上がりが全く違う。


「これは凄い! いい魔法だ! 三十九歳の独身男性にはチート過ぎる魔法だ! 素晴らしい魔導書をありがとう! ネーラ! レフト! これさえあれば江差の自宅も毎日綺麗に過ごせるな!」


 ネーラとレフトが顔を見合わせてドヤ顔をした。


 電撃でも召喚でも光でもなく、なぜ生活魔導書なのか。他に四冊の候補があったことを来翔は知らない。知らないまま、ただただ喜んでいる。


 三十九歳の独身男性の来翔を間近で見てきたネーラとレフトには、迷う理由などなかったのだ。

いいなと思ったら応援しよう!