【第32話 ありゃま!】


 ゲートを通過した瞬間、カスミがネーラの姿を見た。


「ありゃま!妖精さんもいたのかい!ってことは、オヤツをちょいちょい盗み食いしてたのはアンタだったのかい」


「ごめんね、おばあちゃん。私は心を通わせた人にしか見えないの」


「ありゃま〜。私の方こそごめんなさいね。今まで気づけなくてさ。でも、もう安心しな。ちゃんと見えてるからね!」


「ありがとう!おばあちゃん!」


 レフトも肩の上で「ありがとう!ありがとう!」と繰り返した。


 カスミを右肩に担いだLEONが優しく声をかけた。


「カスミ、少し走る。しっかりと捕まれ」


 LEONの言葉が聞こえたカスミがさらに驚いた。


「ありゃま!LEONちゃんは喋れるのかい!ずいぶん賢いカメレオンだねぇ〜。レフトよりもお喋りが上手だねぇ〜」


「おばあちゃん!LEONはペット用のカメレオンじゃないんだよ〜!カメレオン族の人なんだよ〜!」ネーラが笑いながら説明した。


「ありゃま、カメレオンとカメレオン族の人は違うのかい?」


「全然違うよ!おばあちゃん!福島県のワニ男とかコモド男のニュース見てないの?今の日本はトカゲ軍団に乗っ取られそうなんだよ?そのトカゲ軍団のカメレオン族の一人がLEONなの。でも、カメレオン族はトカゲ軍団の中で虐められてるから、LEONは入らなかったの」


「ありゃま!今の福島県がそんな事になってたのかい。おばあちゃんはおばあちゃんだから何も知らないの。そうかい、LEONちゃんも虐められて大変だったわねぇ〜」


「主ならトカゲ軍に勝てる。カスミも心配するな。我が主は世界で唯一のC'ハンターだ」


「ありゃま!来翔さんはそんなに偉い人だったのかい!まあ、そうさね。妖精さんとLEONちゃんとレフトからこれだけ好かれてるんだもんねぇ〜」


「今更気づいたの!?来翔は本当に凄いんだよ!おばあちゃん!」


「ありゃま、妖精さん!本当におばあちゃんは気が利かなくてごめんなさいね」


「ありゃま!おばあちゃん!私の名前はネーラだよ!今後もよろしくね!」


「ハイハイ。こちらこそよろしくね。ネーラちゃん。LEONちゃん。レフト」


「ありゃま!」とレフトが口を開いた。「ありゃま!ありゃま!ありゃま!」


 カスミが困り顔で呟いた。「ありゃま!レフトが変な言葉を覚えちまったよ!」


 LEONが草原を走りながら、四人全員が笑ってしまった。


 これから始まる決戦のことを、凸凹な救世主たちは笑い飛ばして走り続けていた。



 ◆



 ビリーの屋敷に全員が揃うと、ビリーが状況を語り始めた。


「まず、ワタルだが、今は首都にいるぜ。勇者として働き始めてる。まだ異世界人だとはバレてない。来翔の方は、ゲートの前で冤罪逮捕されてな。ちょうど明日に初公判がある。形式上の裁判だから、明日には釈放されるはずだ。出迎えてやれよ。きっと喜ぶぜ」


 来翔が逮捕されたと聞いて、LEONとネーラとレフトが一瞬だけ怒った。


 カスミがそれをなだめた。


「ありゃま、三人とも落ち着きなさい。冤罪だとビリーさんが言ってるだろ。来翔さんなら拘置所の中でも腐ることなく過ごしてるはずさ!」


 LEONが少し落ち着いて答えた。


「アリャマ、明日まで大人しく待ってみよう」


「ありゃま!LEONちゃんまで真似してさ!もう嫌だよ〜!」


 カスミの一言でビリーの応接室が笑いに包まれた。



 ◆



 翌日、カスミの胸ポケットにネーラが潜んで、レフトがカスミの肩に止まり、LEONは保護色とステルスで姿を消して、裁判所の傍聴席に座っていた。


 裁判はあっという間に終わった。


 拘置所から出てきた来翔は、カスミが立っているのを見て目を丸くした。


「カスミさんまでこちら側に来たんですか!?わざわざすいませんね」


「ありゃま、来翔さんも大変だったねぇ〜」


 全員でビリーの屋敷へ戻ろうとした、その瞬間。


「来翔さん、治療費のお支払いをお願いしますわ」


 振り返るとリスタオールが立っていた。


「え、今ですか?」


「はい。釈放されるのをお待ちしていましたのよ」


「今の僕には労役で得た二千Qしかありません。少し待って頂けませんか」


「もちろんお待ちいたしますわ。私はエルフですので、百年くらいでしたら待てますのよ。来翔さんにはお子さんは?」


「まさか、僕の子孫から取り立てるつもりですか?」


「もちろんですわ。よく、エルフと約束をするなと言うでしょう。末代まで破産した家系もたくさんおりますのよ」


 リスタオールが来翔に馴れ馴れしく近づいた。


 その瞬間、ネーラがカスミの胸ポケットから飛び出してリスタオールの顔の前に割り込んだ。


「エルフのお姉さん!私の来翔と距離が近いんですけど!もう少し離れてよ!」


 エルフがフェアリーを見て、目を丸くした。


「ら、来翔さんはフェアリーを従えておられるのですか!?」


「従えてるというか、拾ったというか……一緒に暮らしてます」


「そ、そうですか……フェアリーと一緒に。どうりで来翔さんの精神が綺麗なわけですわ。ようやく理由がわかりました」


「どういう意味ですか」


「来翔さん、フェアリーについてどれだけご存知かしら。心を通わせると見えると言うでしょう。でも、あれは一方的な精神支配では成り立ちません。双方の心が通い合わなければならないのです。フェアリーは百パーセント、純粋な心をしています。そんなフェアリーと心を通わせられるのは、同じくらい純粋な心の持ち主だけです。来翔さんはその一人だということですわ。……なので、どうか早めに治療費をお支払いを。お子さんから取り立てたくはないのです」


「……わかりました。仕事復帰したら必ずお支払いします」


 一段落したので全員でビリーの屋敷へ向かおうと歩き出すと、後ろからリスタオールもちょこちょこ着いてきた。ネーラが何度も追い払おうとしたが、六百年の経験を持つエルフはするりとかわして着いてきた。ビリーが引くほど酒を飲み飯を食らっていた。


「エルフのお姉さん!早く帰りなさいよ!せっかく、おばあちゃんが来翔のために作ってくれたのに!」


「ありゃま!この美人のお姉さんの食べっぷりは凄いんだねぇ〜。クロガネさんが持たせてくれた食料が全部なくなっちまうんじゃないかい」


「まあまあ、二人とも。リスタさんには命を救ってもらった恩があるから、大目に見てあげてよ」


 拘置所で二ヶ月間過ごしていた来翔は、ビリーが用意してくれていた魔物肉も平然と食べられるようになっていた。カスミが手を伸ばしたところを来翔が慌てて止めた。


「カスミさん!こちらの世界の肉はなるべく食べないでください。家畜肉以外は魔素が多くて危険です!」


「ありゃま!そうなのかい。それならこっちの柔らかそうなお肉を頂きますよ」


「はい!そうしてください!LEONも、カスミさんが魔物肉を食べないようにちゃんとそばで見ててあげて!」


「アリャマ!了解した」


 来翔の出所祝いは深夜まで続いた。



 ◆



 その頃、首都エントでは、総督閣下の自宅でワタルが夕飯に招かれていた。


「やあ、勇者ワタル。ようやく会えて嬉しいぞ」


「セス総督閣下、今夜はお招きいただきましてありがとうございます!」


「首都の生活には慣れたかね」


「はい!閣下からいただいた屋敷もとても気に入っております!」


「そうか!そうか!あの屋敷を選んだのは私の娘なんだ。なあ、マーガレット。勇者が気に入ってくれたようだぞ?」


 総督の隣に座っていた可愛らしい少女が褒められて俯いた。頬が赤くなっている。


 ワタルはシス総督が娘を添わせようと企んでいることに、とうに気づいていた。こちらの作法もまだよくわからない中で、どう立ち振る舞えばいいのか——目の前のマーガレットはただ、俯いて照れているだけだった。


(来翔さん、早く首都に来てください……)


 ワタルは心の中で、素直にそう思っていた。


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