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字が汚い人ほど英語力がありそうな現象について

毎日高校と塾で生徒の英語を間近に見ているとたまに妙な現象に出会う。

字がきれいすぎる生徒。
ノートが整いすぎている生徒。
Campusノートの1ページ目から、もう文房具店の展示サンプルみたいになっている生徒。

見出し、下線、色分け、余白。
すべてが美しい。
赤、青、緑、オレンジのフリクションが、東京メトロの路線図みたいにきれいに走っている。

なのにテストの点数が思ったほど高くない。

もちろん例外はある。
字がきれいで、ノートも美しくて、英語もできる生徒はいる。そういう子は置いておく。
彼ら彼女は一人でに飛んでいく。英語界の大谷翔平。もしくは、ノート界の大森元貴。

ただ、現場感覚として字の美しさと英語力は意外と比例しない。

むしろ、字が汚い生徒の方が英語力が全体的に高いことがある。

彼ら彼女のノートを見るとなかなかすごい。
単語の横に一言「また出た」「注意」「こいつ嫌い」みたいな謎メモ。関係のあるような内容な落書き。
余白には矢印が飛び、主語と動詞が雑に囲まれる。見た目だけなら英語の勉強というより事件現場のメモに近い。

でも問題を解かせると強い。
長文の読みがなんとなく速い。
文法問題の切り替えも少し正確性か高い。
ターゲット1900やVintageで覚えた知識が、ちゃんと問題の中で動いている。

字が汚い生徒を見ていると、単に雑というより思考のスピードに手が追いついていないように見えることがある。

頭の中ではもう次の処理に進んでいる。
先生の説明を聞き、それを文字にしながら、「あ、これは前に出たやつだな」とつなげている。その途中で、いちいち文字を美しく整えている暇がない。
丁寧に書く時間があったら次の英文を読み、既知の情報と新情報を繋げることにリソースをつかう。ノートをきれいにまとめる時間があったら、教師の言葉のテキストと、コンテキストを読み解こうとしている。

そういう感じがある。

こういう生徒は、国語的な反応や、会話の返しもうまいことがある。

こちらが少し話を振ると、すぐに意図をつかむ。
たとえも早い。
ツッコミも早い。
授業中の当意即妙な返しが地味に鋭い。

英語は結局言葉の教科だ。
単語を覚えるだけでも文法を暗記するだけでもない。
目の前の文を見て、意味を取り、文脈を読み相手(文章)の意図をつかむ。
その場その場で頭を動かす力がいる。

だから、字が汚い生徒の中に英語が強い子がいるのは少し分かる気がする。

もちろん、字が汚ければ頭がいいという逆の傾向はない。

字がきれいでも英語ができる子はいるし、字が汚くて英語が苦手な子もいる。

ただ、少なくとも英語の勉強で大事なのはノートを作品にすることではない。

ノートをきれいに作ることに意識が向きすぎると、「理解する」より「清書する」が目的になるのかもしれない。

1学期期末試験が終わり、回収したノートをチェックしながらふと考えた。

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