シロクマと『家庭菜園の極意。これで無理なら本当にもう無理!』という本【ぬいぐるみたちのやさしい物語】ファンタジー小説
シロクマは家庭菜園でトマトを育てています。
いつもはニコニコでお水をあげたり、周りの雑草を取ったりして世話を焼くのですが、今日は様子が違います。
トマトのそばにしゃがみこんで食い入るように根元を見ているかと思うと、 「あぁ、もう!」 と言って家に入ってしまいます。
家で何をするのかというと、窓からトマトを眺めているのです。
窓ガラスに鼻先をくっつけて、曇ったガラスをキュッキュッと拭きながら、シロクマは大きなため息をつきました。
「だめだ、だめだ。我慢しなくちゃ!」
そして、しばらくするとまたトマトのそばへ……。
それを朝から何度も何度も繰り返しているのです。
シロクマがなぜこんなに落ち着きのない行動を繰り返しているのかというと、数日前に森の中にある魔女の図書館で借りてきた『家庭菜園の極意。これで無理なら本当にもう無理!』という本に、こんなことが書かれていたのです。
『トマトは本来、乾燥した過酷な環境で育つ植物です。
あえてお水をあげるのをギリギリまで我慢する「水切り栽培」を行うことで、トマトは生き残ろうとして実の中に養分をギュッとため込みます。
その結果、フルーツのようにとびきり甘くて濃い味のトマトに育つでしょう』
シロクマは、森の仲間たちのほっぺたが落ちるほど、最高に甘いトマトを作ってあげようと意気込んでいました。
しかし、いざ「水切り栽培」を実践してみると、これが想像を絶する過酷な試練でした。
なにしろシロクマは、とてもやさしくて世話焼きな性格です。
隣で育てているキュウリやナスには、 「今日も暑いねえ、たくさんお飲み」と、毎朝ニコニコしながらたっぷりとお水をあげています。
水を浴びてイキイキと輝く野菜たちを見るのが、シロクマの何よりの喜びなのです。
なのに、トマトにだけはお水をあげてはいけない。
ジリジリと照りつける夏の太陽。
自分が冷たい麦茶を飲むたびに、 「トマトさんも喉が渇いているだろうな……」と胸がチクチクと痛むのです。

「ちょっとだけ、様子を見るだけだから……」
シロクマは自分に言い聞かせるように呟くと、またしても庭へ飛び出しました。
トマトの前にしゃがみこみ、白くやわらかな手でそっと根元の土に触れます。
指先から伝わってくるのは、いつものふかふかとした湿り気ではなく、パサパサに乾ききった熱い土の感触でした。
「ああっ、またひび割れが大きくなってる!」
シロクマは両手で頭を抱えました。
水分を完全に失った土は、まるで乾いた田んぼのようにあちこちに深い亀裂が走っています。
土が「苦しいよ、お水をちょうだい!」と叫んでいるように見えて、シロクマは目をギュッとつぶりました。
シロクマのすぐ足元には、いつも使っているゾウさんの形をした青いジョウロが置いてあります。
中にはたっぷりの水がスタンバイしています。
手を伸ばせば、すぐにトマトたちを潤してあげられるのです。
取っ手に伸びかけた腕が、ブルブルと震えます。
「……だめだ! トマトさんのためなんだから!!」
シロクマはバッと立ち上がると、誘惑を断ち切るようにジョウロから目をそらし、「あぁ、もう!」と叫んで、また家の中へと逃げ帰るのでした。
そしてまた、窓からじっと外を見つめる定位置に戻ります。
いつもなら水分をたっぷり含んでピンと上を向いているはずの葉っぱたちが、お昼に近づくにつれて、だんだんと下を向き始めていました。
全体的にクタッとして、あからさまに元気がなくなってきています。
「ごめんね。でも、いじめているわけじゃないんだよ。
美味しくなってほしいだけなんだよ……」
窓ガラス越しの悲痛な呟きは、誰に届くわけでもなく部屋の中に消えていきます。
午後になり、日差しはさらに強さを増しました。
シロクマはもう家の中でじっとしていることができず、またしても庭に出ると、今度はトマトのそばにへばりつくように座り込んでしまいました。
「一番下の葉がもうシワシワになってきちゃった。
土のひび割れも、さっきよりずっと深くなってる……」
シロクマの丸い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいます。
頭の中では、本で読んだ『生き残ろうとして実の中に養分をギュッとため込む』という言葉が何度も繰り返されています。
理屈ではわかっているのです。
甘く美味しいトマトを作るためには、心を鬼にしてこの厳しい乾燥を乗り越えさせなければならないと。
けれど、目の前で静かにしおれていく葉っぱや、パクリと口を開けたような地面のひび割れを見ていると、優しすぎる心は限界に達していました。
ぐったりと首を垂れたような茎の先で、小さな緑色の実が「助けて」と揺れているように見えます。
「……やっぱり、こんな姿を見るのは辛すぎるよ。 地面がひび割れてきたり、葉っぱがしおれてきたりで、トマトさんが可哀想で……」
シロクマは体を丸めてしゃがみこみ、しおれた葉っぱをそっと撫でながら、とうとうジョウロを握りしめるのでした。

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