「僕の人生は僕が決める」小1の決めゼリフの意味を考えた日
こんばんは。4c5です。
先日、現在小2の長男・のほほん兄さんとケンカ中、
最後の決めゼリフとして、こんなことを言いました。
僕の人生は僕が決める!!
子どもは「自分で決めたい」と思っている。
そして、親に言いくるめられていることにも、実は気づいている。
そんなことを、この一言で思い知らされました。
子どもに選ばせているつもりでも、
実はそう言わせているだけの場面って、子育てにはよくあります。
納得した上で決めたことだけが、本当の「選んだ」
そのことに気づいたとき、私は子どもの意思決定の仕方を
もう一度見直すことになりました。
これから子どもと何かを決めていくときの参考になればと思います。
ちょっと自己紹介
4c5
元保育士。
いまは親として子どもと向き合う日々。
視覚障害児とそのきょうだい児を育てる母です。
子どもと見つけた小さな気づきや、心が動く瞬間を言葉にしています。
子育ての「あたりまえ」に潜むやさしさを、 読む人にもそっと持ち帰ってもらえるように書いています。
大切にしたいものを、大切にできるように。
みなさんへのお手伝いができるように。
お手伝いがイヤだ!
まず、何でけんかになったかというと、
お手伝いです。
のほほん兄さんは、子ども特有の
「やりたい」「やりたい」
のタイプではなく、
「え〜イヤだ」
と何でも一回は断り、積極性に欠けるタイプです。
親としてはお手伝いの一つでもやってほしいと考えていました。
小1の夏休み、お手伝いの宿題が出ました。
「お手伝いを決めて毎日取り組みましょう」
真面目なのほほん兄さんは「何がいいかな〜?」と考え、
私の「お風呂掃除が一番簡単ですぐ終わるんじゃない?」
の一言に「簡単がいいから、それにする」と決めました。
夏休み中は、できたら色を塗るプリントがあったのもあって、
文句も言わず、せっせと取り組んでいました。
1ヶ月文句も言わずにやっていたので、習慣化もされただろうと、
「毎日頑張れたんだし、夏休みが終わってもやってよ。
お風呂掃除はのほほん兄さんのお仕事ね!」
こう私が言ったのがすごくすごくイヤだったご様子です。
夏休み以降、1週間に1回は
「たまには、母ちゃんがお風呂掃除やってよ。
何で僕ばっかり!!」
と怒るようになりました。
ただの宿題
のほほん兄さんがお風呂掃除をしていたのは、
「お手伝い」ではなく、「宿題」だったのです。
彼の主張はこうでした。
「お手伝いは夏休みの宿題でしょ?夏休みが終わったのに、
何でずっとやらないといけないの!!」
「じゃあ、母ちゃんが宿題を出すわ。それならやれる?」
「んなわけない!宿題は先生が出すもの!」
……ダメでした。
お手伝いの意味
だんだん意地の張り合いのようになってきていましたが、
母だって譲りません!!
「のほほん兄さんはいつも家でごはん作ってもらったり、
洗濯してもらったり、おもちゃ買ってもらったり、
してもらうことばっかりやん?
何か自分もしてあげたいって思ってほしいねんけど。」
と言うと、
「子どもだから無理や」
「おいおい〜夏休みできてたやんけ。
そこで自分で子ども出してくるんずるいやん!!笑」
「え〜」
「ほんじゃ、お風呂掃除がイヤやったら他のことでもいいで?
ごはん作ってくれてもいいねんで〜」
「そんなん無理や。お風呂掃除しかできへん」
「じゃ、お風呂掃除してね〜」
「えーーー」
こんなやりとりを毎週繰り返していました。
ついに決めゼリフ!炸裂!
また言い始めました……
「たまには母ちゃんがお風呂掃除やってよ!」
「じゃあ、今、母ちゃんがやってるお皿洗いやってよ!」
「えーーーー。母ちゃんが勝手にお風呂掃除決めたんやん!!
僕の人生、僕が決める!
もうお風呂掃除はやらん!!!決めた!!」
僕の人生……?えらい大層な…笑
お風呂掃除で人生決まらんやろ〜
と思わず笑ってしまいましたが、のほほん兄さんの主張の本質がやっとわかりました。
母が勝手に決めた
のほほん兄さんがイヤだったのは、お風呂掃除そのものではありませんでした。
宿題として出たお手伝いを、兄さんの了解なく「自分の仕事」にされたこと。
そこにどうしても納得がいかなかった。
「母が勝手に決めた」
その一点が、ずっと引っかかっていた。
何となく言いくるめられてきたけど、やっぱり納得できない。
ずっと主張しているのに、母は全く理解しようとしない。
母の無理解に抵抗したかった。
それが息子の本当の主張でした。
それから、どうして私がそんなにお手伝いをというのか、
何だったらのほほん兄さんが家族のためにできるのか、
今日はイヤだと思ったときにどうすればいいのか、
のほほん兄さんの意見を聞きながら話し合ってみました。
「家族のために」というのが、いまいちまだピンとこない様子ではあったけど、
何かを任せられる責任感は少し感じられるようになったようでした。
お風呂掃除の一択ではなく、階段のモップ掛けという新たな選択肢を自分で考え、
どちらかをその日の気分でするのだったら良い。
ということで決着がつきました。
最後に
ちゃんとお手伝いの意図とお願いしたい理由、そしてのほほん兄さんが自分でできそうなことを自分で考えたという時間
それが彼の中でそれまでとは違った納得感になったようで、
決めゼリフを炸裂させた日以来、今日はやりたくない、もうやりたくない
とは言わなくなりました。
何か行動するとき、自分で決めたという責任感以外にどう決めたかという納得感がとても重要だったんだなと考えさせられました。
後日談ですが、買い物に行った際にどうしてもポケモンのおもちゃが欲しくて欲しくて……
いつもは泣き落としで買ってもらおうとするのですが、今回は、
「これからはお風呂掃除も階段モップも毎日両方やります。
だから、買って」
とお手伝いを交渉に使ってきました。笑
あれだけお風呂掃除はやりたくない!と人生を掛ける決めゼリフを炸裂させてたのに、
おもちゃの交渉に使うほどになったとはーー
まったく現金な話だなと笑うしかない母なのでした。
子どもと決め事をするとき、選択肢と納得感を意識しながら
話を進めてみると、驚くほど簡単に意思決定ができるようになるかもしれません。
子どもは、思っている以上に自分で決めたい。
そして、親の都合で決められたことには、ちゃんと違和感を持っている。
その感覚を尊重できるかどうかが、親の腕の見せどころなのかもしれません。
今日も一歩一歩、子どもと一緒に歩いていきましょう。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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