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人生100年時代、僕らは「Lv.99」のその先で何をプレイするのか?


タイトルを見て「なんだそりゃ」と思った方、すみません。 でも、少しだけゲームの話にお付き合いください。

AIや医療技術の進歩は凄まじいですよね。 「人生100年時代」という言葉もすっかり定着しました。もしかすると、そう遠くない未来、人類はかつての皇帝たちが渇望した「不老不死」に近いチケットすら手に入れるのかもしれません。

寿命が伸びる。それは素晴らしいことのように思えます。 けれど、ふと思うのです。 「終わらないゲーム」は、果たして幸せなのだろうか?と。

今の生身のままである以上、どんなに寿命が伸びても「老い」からは逃げられません。 視力は落ち、反射神経は鈍り、新しいことを覚えるのにも時間がかかるようになる。

ゲーム的に言えば、レベルだけは上がっていくのに、ステータスには常に強烈な「能力低下(デバフ)」がかかり続けている状態です。 これはまさに、RPGにおける「レベルカンスト(Lv.99や100)」の状態に似ていると思いませんか?

ゲームにおいて「レベルカンスト」は一つの到達点です。 それは、運営側が用意したメインストーリー(=仕事や子育て、社会的な義務)がすべて終了したことを意味します。

そこから先、コンテンツの供給はありません。レベルも上がらない。能力も頭打ち。 そんな状態で、広大なフィールドに放り出されるわけです。 ゲーマーなら分かると思いますが、ここから先は「やり込みプレイ(エンドコンテンツ)」の時間です。

ひたすら無意味なアイテムを集める。 あえて弱い装備で敵に挑む「縛りプレイ」をする。 目的もなくマップの端から端まで歩いてみる。

カンスト後の世界を楽しむには、「自分で勝手に目的を作り出す才能」が必要になります。与えられたミッションをこなすだけの受け身のプレイでは、暇で暇で仕方がない「地獄」になりかねないからです。

そして、ゲームには必ず「引退」の時が来ます。 「もうやり切ったな」と満足するか、「これ以上やることがないな」と飽きるか。いずれにせよ、プレイヤーは自らの意志で電源を切ります。

人生100年、あるいはそれ以上の時間が約束された時。 私たちは、かつてのように病気や事故といった「ゲームオーバー(強制終了)」を待つのではなく、自らの意志で「ログアウト(終了)」を選択しなければならない時代を迎えるのかもしれません。

「まだ遊び足りない」と思えるうちは幸せです。 しかし、ステータスが下がりきった体で、終わりのないエンドコンテンツを消化し続ける日々が来たとしたら。

あなたは、いつ、どうやってこのゲームを引退しますか?

人生100年時代とは、単に長く生きられる時代のことではありません。 それは、人生というゲームの「終わらせ方」を、自分自身でデザインしなければならない時代のことなのかもしれません。


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