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【シロクマ文芸部】シャボン玉の野望

シャボン玉が欲しい 協力してもらえますか」

と、おもむろに切り出され、私立Q幼稚園・園長の佐竹鳴海は面食らった。

「ええ?」

 オーダースーツにネクタイを締めた白髪のシニア男性は益岡修史と名乗り、差し出した名刺には代表取締役会長と印刷してあった。その企業はコマーシャルが有名で、佐竹も聞き及んではいた。

「シャボン玉など はかないとお思いでしょうが」

 益岡は苦笑を見せた。

「まあ はじめてシャボン玉を見た年少さんは まず割りますな」

「それがね この気体を吹きかけると」

「もしや溶けるんですか?」

「とんでもない 固形化します」

「それはそれは大発明ですな」

 益岡は、試作品が大量に必要なのだ、と簡単に説明した。幼児教育に人生を捧げてきた佐竹には、正直わかりかねたが、企業に協力すると多額の寄付がくることは分かっていた。

「園長先生、ここはひとつ、ご協力願えませんかね?」

 益岡は小切手の寄付金額を、佐竹にチラつかせた。
 
「年少さんなら喜びますとも」

「数がいるもので そこは是非みなさんでお願いできませんか」

「たしかにQ園には年長もありますがね」

 佐竹は胸中で溜息をついた。私立Q幼稚園の規模は小さい。財政は主に寄付に頼っているのが現状で、有難い反面、益岡の印象は尖っていた。まずオーダースーツが派手だ。ネクタイの趣味も悪い。香水がくさい。

 翌日持ち込まれた、シャボン玉を固形化するという気体は、500㎖ペットボトル1本で、そのくせ持ってきた益岡は何度も繰返した。

「くれぐれも他言無用に願います」
「この発明に社運を賭けています」
「この発明ならノーベル賞が取れますよ」 

 それだけでは足らなかった。益岡は動画をとると言い出した。佐竹は渋った。副園長の井上晃に至っては、寄付を返して断るべきだと言い出した。

 シャボン玉の初日は無事に済んだ。年少組の園児はシャボン玉を作り、追いかけることに夢中になった。園スタッフが、割る前に園児の注意を引く役、気体を吹いてシャボン玉を固形化させる役、収集する役と分担を決めたことで、順調に進んだ。

 しかし、益岡は生産性の低さに不満を漏らした。

「62人が一日かけて376個では少なすぎます!」

 暗くなるとシャボン玉は見えなくなる為、残業も夜勤もない。動画を見せて、益岡は園長室で佐竹に説教を垂れた。

「こんなぬるい協力では困るんですよ」

 説教は時間を追うごとに熱を帯び、佐竹は顔を歪めて謝罪の言葉を繰り返すより他なかった。副園長の井上晃は、園長室の外で聞き耳を立てた。

 2日目の年長組は1週間後だった。佐竹は、シャボン玉の監督を副園長の井上晃に引き継いだ。年長組はシャボン玉を大きくするグループ、シャボン玉をよく飛ぶ道具を工夫するグループ、に分かれた。それぞれ試行錯誤したり、道具に手を加えたりする時間が必要になったため、生産性は初日よりも更に下がった。動画をとりながら益岡は悶絶し、初日と同様、園長室に井上を呼びつけた。

 「副園長、初日よりも数が減るとは何事ですか!」

 井上は渋面で言い放った。

 「幼稚園は お子さんが喜んで学ぶことが最優先です
  ご理解いただけないなら どうぞ お引き取りください」

 益岡は、打って変わって平身低頭し、3日目を要求した。どうしても800個必要という。園長室で総動員を繰り返し求める益岡に、井上は佐竹のスマホを鳴らした。

 3日目。園スタッフは、発破をかけて回る益岡に辟易していた。年少組はシャボン玉に既に慣れ、園スタッフの導入に合わせて、シャボン玉を吹きはじめた。年長組では、もう飽きたという園児もおり、険しい表情で動画をとり続ける益岡に怯える園児も出はじめた。

「あの おとこのひと いや」

 目をうるませた一人の園児が、井上のチノパンを掴み、うしろに隠れた。なだめるように肩をなでながら、井上は肩越しに佐竹に目くばせした。

 益岡の悶絶は続いていた。

どうしてくれる、この有様では寄付した意味が無い。あの金額、帳簿からの通常支出が経理部長の五島から突っぱねられたから、やむなく取締役の権限を使って長年の裏資産から払い出したというのに。まったく、どうしてくれるのだ。

益岡代表取締役の悶絶①

 

 目の前の年長児が、ゆったりと針金ハンガーを左右に振り、大きなシャボン玉を作っている。

 ああ そんなに時間をかけちゃ ノルマに間に合わん
 

益岡代表取締役の悶絶②

 年少児がシャボン玉を追いかけて割る。

 ああ なんてもったいない 早くアレをかけろ、
ちょっぴりでいいから かけるんだ 早く!

益岡代表取締役の悶絶③

 年長児がペットボトルに網を張ってシャボン玉を量産する。

 ああ そんなに小さい玉なんか 
 ダメだよ ダメダメ
 ダメダメダメ ダメダメ
 ダメダメダメ ダメダメ

益岡代表取締役の悶絶④

 

  井上が佐竹に耳打ちした。

 「園長 やりましたね」

 佐竹は溜めた息を吐いた。

 「ああ まるでシャボン玉だね」
 
 動画をとる猫背の丸くなった身体が、ふわふわと頼りなく浮いたままなのに、益岡自身は気づく風もない。

 「なんなんですかアレ」

 「さて触ったら割れそうだね 井上さん、そうは思わないか?」

【終】

【あとがき】
シャボン玉が実体化してオイルの代替ができたらステキですよね。