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【創作】太鼓饅

🌸はらとけいさんの企画に参加しました🌸

 ああ、見つかってしまった。安田ナオミは空を見上げる。通学自転車を指定駐輪場どころか、民家の軒先に停め、まさに出かけようとしたところに。
 
 間違っても「内緒だからな」という口止めが効く相手ではない。が、安田ナオミは蛮勇を振るった。

「あの、たい焼きは好きですか」

 無断駐輪の現場を押さえられた第一声が、これでは駄目だろう。が、首をすくめた安田ナオミの顔を見て、民家の主であるシニア男性は、ただ呆れたようだった。
 
「いらん こっちじゃ 太鼓饅(たいこまん)だ いらんいらん」
「すみません」

 勝手に民家の軒先に自転車を停めるのが、そもそもいけない。安田ナオミは謝った。

「あんた マチさんとこの三男だろ 吉田中学の制服でどこいくんだ」
「異動する先生にお別れにいきます」
「一人じゃ危ないだろ 他の子はどうしたんだ」
「吉田中は僕が代表なんです」
「代表が無断駐輪してちゃダメじゃないか」
「すみません もう絶対しません」

 シニア男性がくわえ煙草でのんびり説教していると、やや年かさの奥さんも玄関から顔を出した。夫がなかなか戻らないので、倒れたのかとでも思ったらしい。

「どうかしたの?あらマチさんとこの」
「ここに自転車置いていこうとしていたから」
「あらあら しょうがない子ねえ」
「だけど 反省してるみたいだし この辺にしとくか」

 奥さんの目が鋭い輝きを帯びた。

「あら第二ボタン取れてるわ」

 もう一度、嘆息は上げずに安田ナオミは空を見上げた。もう、たい焼きを買う時間など残ってない。

「これじゃ みっともないわよ 付けてあげる」

 こっちへいらっしゃい、と奥さんは安田ナオミを招き入れた。
煙草を吸い終えた男性は後に続いて、ゆっくり上がる。

「何年生?」
「今年が3年生です」
「それじゃ まだ学ランも1年要るわねえ」

 奥さんは老眼鏡をかけ、手早く裁縫の道具箱からボタンを出した。慣れた手つきで縫い付けていく。

「はいできた ずいぶん古ぼけたボタンで悪いけど」
「ありがとうございます!あとで必ず返しにきます」

 安田ナオミの家には、予備のボタンが確かまだあったはずだ。

「いえいえ そんな、わざわざ返すだなんて」

 奥さんはコロコロと声をたてて笑った。

「だいたい、このボタンだってもらいものですもの いいわよ」

 ふすまの向こうで、くしゃみの音が聞こえた。
 やりとりを聞いていたらしい。

【終】

【あとがき】
私有地の無断駐輪は不法行為です。絶対しないでください。
宇和島では太鼓饅が、たい焼きよりポピュラーで、
昔は「西田の太鼓饅」が有名だったそうです。
また吉田中学校の学ランも実在します。