【アマノ文筆クラブ】未完全人間
おじさんはパーカーを着てはいけない
「ボクもうおじさんだから」と、誤魔化した大澤洛次が、パーカーを着ていたのが、悪いのだ。
年齢にかかわらず、おじさんを自称すれば全員おじさんだ。20代だろうが60代だろうが、許さん。
おじさんはパーカーを着てはいけないし、若者に絡んでもいけない。
「じゃあさ、おじさん何を着ればいいのさ」
夢中でスマホのメモに入力し続けていた野村綺羅里を覗き込むように大澤孝弘が訊いた。無防備に目の前に迫ってきた男性の顔に、野村綺羅里は驚き怒声をあげた。
「寄るなっ!」
「パーカー脱ぐからさ、代わりに着るもの考えてよ」
「知るかっ!」
「おじさん脱いじゃうぞ」
「絡むな セクハラっ!」
激怒のあまり野村綺羅里の電池は切れた。
ぶつっ ・・・ぱたり
大澤洛次は今のやりとりだけで額に浮いてきた汗を、おしぼりでふいた。そしてそのまま首筋、背中、脇までぬぐった。
そして、電源が落ちた『人間を模した機械』の手足が、だらしなく広がっているのを若干物憂げに見せる角度に整えた。
大澤洛次は、あたかも2人の男女が談笑しているように見えるといいな、と願っていたが、第三者には不審なおじさんが、無防備な女性の手足をべたべた触っているとしか見えなかったので、通報されるに至った。
大澤洛次は、駆け付けた警官による職務質問には素直に応じたが、「不審者か?」という質問には激しく抵抗した。
「私は未完全な人間なだけで 不審者ではありません」
警官は答えた。
「あなたも私も完全ではないでしょ 何言ってるんですか」
警官は制服の上に防弾チョッキという重装備で出動していた。通報者は厚手のファー付きコートにブーツを履いていた。対する大澤洛次はパーカーを脱いで、上半身はぽっこり腹の目立つ裸になっており、下は毛玉のついたジャージにスリッパといういでたち。野村綺羅里に至っては肩を剥き出しにしたスリップ1枚で、羽織る衣類さえ無かった。
「その恰好、そもそも寒くないですか?」
「ネットで若い女性が、おじさんはパーカー着るなと言ってましてね」
「いや、まだ寒いでしょ 着てくださいよ」
警官から促されて、大澤洛次は脱いだパーカーを着直した。
「あったかいっすね あ、署まで行くんでしたっけ」
「今回は結構ですよ 別に事件でもないし では」
警官は次の現場に向かった。通報者は無言で去った。
「綺羅里ちゃん、帰ろう」
大澤洛次が抱き起こした拍子にズレた電池が戻ったらしく、野村綺羅里はカッと目を見開くと罵声を再開させた。
「なによ、触らないでよ」
「あきらめてよ ボクには綺羅里ちゃんだけなんだ」
「やめてちょうだい 私は早く完全な人間になりたいの!」
「だめだよ これ以上綺羅里ちゃんが完全になったらボクなんか」
「そうね 下僕にもならない 虫けら以下ね」
野村綺羅里は美しい唇を少し歪めて笑った。
大澤洛次は、人間を夢見る機械を可愛いと思ってスクラップ寸前だったマネキンを買い取り、試行錯誤の末に野村綺羅里を完成させた。
(野村綺羅里、君は完全な機械だよ)
この言葉に、綺羅里から返る罵声を想像しただけで胸がときめいてしまう。未完全な大澤洛次は不条理な幸せを感じていたのだった。
【終】
【あとがき】
冒頭ネット記事は実在します。あとは架空です。別にパーカーいいじゃないですか。
