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【創作】やさしい融点

🌸はらとけいさんの企画に参加しました🌸


 本官は地域の安全を守るため、派出所に詰めている。いわゆる「お巡りさん」だ。管轄エリアで、昼勤と夜勤の2交代しながら地域の安全と平和を守っている。勤続10年も超え、そろそろベテランと呼ばれるようになっていた時期に出会った不思議な出来事を、ここでつぶやいてみたい。

 このエリアにしてはめずらしく、今日はつららが軒先から下がっていて随分冷え込むね。今夜は雪も積もるだろう。こんな日は非番だったら家から出ないところだが、当番だったらそうもいかない。独身のときは同期と終わったら一緒に温かいもんでも食いにいこう、みたいな話をしていたなあ。嫁さんが家で待ってるってなったら、今夜は鍋にしてくれって言い損なったみたいな話をしていた。雪かあられが吹き付けて暖房入れても、冷えが足元からのぼってくるような寒い日に、よく思い出すんだ。

 あのときも寒かった。夜勤で詰めていたときだった。電話が鳴るから取って、向こうは若い女の声だった。ただ、何を言ってるのか要領を得ない話しぶりでね。なにか重傷の者がいて、兎に角も来てくれ、というようなことだった。もしかしたら救急にかけたのがこっちに来たのかもしれない。記録取るために時間は確認した。こういうのは習慣だね。丑三つ時よりは前だったが、深夜だった。こういう時間帯の通報は意外と多いんだよ。

 気温は零下だったから、冬用タイヤとはいえスピードは出せない。パトカーがスリップ事故なぞ起こしたら洒落にならないよ。女から聞いた住所に近づくとともに吹雪が激しくなってね。生きた心地もしなかった。

 着いたら通報してきた女がいたんだが、服が白いのか顔が白いのか、なんとなく白いんだよ。これがひどく取り乱していてね。奥には横たわっている子どもがいたんだが、通報してきた女は「妹」だと言ってね。娘にも見えたんだが。ただ、その子には呼びかけても反応が無かった。事件か事故か、ひとまず救急要請の前に応急処置をするんだよ。気温が低いから腕よりも首の頸静脈で脈をはかろうとしたんだが、脈がない。ふたたび呼びかけるが全く反応しない。

「おねえさん、妹さんの名前おしえてもらえる?」
「こゆきですぅ、、、こゆき?こゆき?」

 女は糸が切れたようにふらふらと子の傍らに膝をついた。

「もんといでよ?」(帰ってきなさいよ)※愛媛弁※

 女から冷気が放たれて、こちらの身体が冷えてきたよ。横たわる子よりも、愛媛弁を話す女のそばの方が寒い気がしてね。

 こゆき、こゆき、こゆき、、、女は優しく子を揺さぶり、そして降る雪は激しさを増していく。

「この子と2人で仙台にいくんです」

「ひとまず救急よびましょう」

 この場合は仙台よりも病院が先だろう?でも女は仙台って言うんだ。

「いえ仙台にいくんです」

 ちょっと様子がちがったな。救急よんで搬送ってかんじじゃなかった。だいたい外傷も無いし、病気や発作といった顔色でも無かったんだ。脈も呼吸も体温すら無かったんだが

だからって死んでるわけでもなさそうだった。

「こゆきが目を覚まさなくてぇ、、、」

 それが電話じゃ育児に悩む母親の声に聞こえたんだよ。こっちの勝手な思い込みってもんでね。

 寒すぎて脳味噌から凍えそうになっていた。動きを止めようとする脳細胞を叱咤して状況をまとめると、まず事件性は無さそうだった。こゆき、という子が目を覚ましさえすれば、この永い夜は明けるような気がしたんだ。

 錯覚と分かっているんだが、この夜は時間が経つのが遅かったよ。

 そのときの気持ちとしては、直ぐには来ないと分かっていても問答無用で救急を呼んで、女を尻目に、こゆきって子を搬送させて一件落着。で、のんびり詰め所に戻りたかったっていうのは勿論あった。そうしなかったのがなぜなのか今でも良くわからない。

 この額に手を当てた。体温が奪われていく冷たさに怯むが、そのまま動かさない。一晩中当てていたらこちらが凍死しそうだが、心当たりはあった。なぜ女が通報してわざわざ生身の人間を呼んだ理由は。

 はたして、子はぽっかりと目をあけた。特に言葉など無い。

 女はいそいそと子を立たせて戸外に出た。子が寝ていた後にエビフライの食玩が残っていた。

「はい、忘れ物」

 女はびっくりしたように振り返った。エビフライを女の掌に戻すと、エビフライは再び子の掌に渡った。

「仙台ついたら天そばたべようね」

 と女は子に笑いかけていた。

 そこまではかろうじて記憶に残っている。女から礼を言われたかどうかもおぼえていない。ただ事故も無く戻れたのは運が良かった。夜勤明けに帰宅したら、嫁さんに顔色が悪いとひどく心配されたな。

 そのときの女にとって必要だったのは体温を持った人間だったのかもしれないが、さしあたってこの通報をイタズラとして記録するべきか、それなりの緊急性をもった通報と記録すべきなのか、当時とても迷ったものだ。

 後日、駆け付けた場所をパトロールして、放置された三輪車を見つけた。雪はもう溶けていたのに、その三輪車だけが凍り付いていて、先日の不思議な姉妹のことを思い出したよ。

【終】

愛媛弁を一言入れてみました
愛媛でも内子町の小田深山は降雪量多いです