【シロクマ文芸部】花のたより
花びらを魚眼レンズで拡大する。
「おや 朝から精がでますなあ」
庭仕事に出てきたらしい、隣家のマツモトさんに声を掛けられた。
スマホにレンズをつけての撮影が、珍しかったらしい。
「いえ 素人趣味ですよ お恥ずかしい」
集中が一気に弛み、ヒグチトウマはシャッターが切れなくなった。
「この時期は桜でしょう そっちは撮らんのですか?」
「まあ 桜は上手い人が多いですからねえ ボクなんか」
桜シーズンに他の花は、やや撮りづらい。
「いやいや ご謙遜を」
受賞など知る由もないはずだ。もう受賞から3年は経ってるし、マイナーなコンテストの準グランプリにすぎない。受賞後も、ヒグチトウマは相変わらず会社員を続けている。
「そんなに期待されても困りますよ マツモトさんのお宅に桜があれば、お願いして毎日ぜひ撮らせてもらうんですけどね」
(そうもいかないでしょう)とヒグチトウマは笑った。
「桜を こんな猫の額ほどの庭に植えるなんて大それた
どうぞお城山にあがってくださいよ ははは」
(※宇和島城は市内で「お城山」と呼ばれることが多い)
愛媛県宇和島市にもソメイヨシノは至る所に植えられていて、桜の時期に一斉に咲き出す風景は圧巻なのだ。
マツモトさんは簡単に言うが、「山」が付くだけあって「お城山」は門から天守閣まで、それなりに厳しい傾斜が続く。そこを幼少期から上がることが当たり前となっているから、宇和島市民の体力平均値は、全国平均より余裕で上回るのだとヒグチトウマは思っている。
シニアカーを押して歩くシニアを宇和島で見ることは少ない。福祉器具販売の営業担当のヒグチトウマにとっては、年中閑古鳥が鳴いているといっても過言ではなかった。
(だからってそれが悪いわけでもないのさ)
ミモザの特徴的な花弁を魚眼レンズで拡大すると、あたかも画面に黄色い光を納めたような具合になったので、そこをシャッターで捕らえる。
マツモトさんに披露すると感嘆が返ってきた。
「こりゃあ また春らしいですなあ」
「東京のね 娘に送るんですよ 春休み来れそうかって」
寒い2月が過ぎ、3月の日差しが照らし始めるころに咲き始める花は、その特有の色が周囲を明るくする。
「桜もええですが、こちらもあたたかみがあっていいですなあ」
マツモトさんは笑って言った。これから隣家では畑に茄子を植えるという。
【終】
【あとがき】
同じ時期に咲く春の花でも、ソメイヨシノとミモザは違いますよね♪
