夕焼けはあの頃とは違って見える|シロクマ文芸部
夕焼けは、帰り道の色だった。
「また明日ね」と手を振る友だちの背中も、
遊び疲れて少し重たくなったランドセルも、
校庭に置き忘れた笑い声も、ぜんぶが夕焼けに包まれていた。
放課後は、校庭で男の子に紛れてドッヂボールが定番。これが、全然飽きなかった。同じことでも、毎日ちょっとずつ違う。楽しかった。
好きな男の子と手をつないで帰った道。
まだ帰りたくなくて、いつもより少し遠回りしたり、別れる地点、立ち話をするのがドキドキ楽しかった。
そういう“帰り道の余白”が、とても好きだった。
あの頃の夕焼けは、世界が終わるように大きくて、
なのに、まったく怖くなかった。
むしろ、夕焼けが来ることで「今日」という一日がまるごと包まれるような、安心感すらあった気がする。
明日もちゃんとやってくるって、疑いもせずに信じていた。何かに失敗しても、誰かとケンカしても、また明日があることが、何よりの“救い”だった。

でも、大人になってから見る夕焼けは、どこか違う。
ふと見上げた空がやけにきれいだと気付いたとき、ハッとする。
こんなにきれいだったんだ…どうしようもなく遠く感じる日がある。
疲れているときほど、夕焼けが沁みてくる。
あの日のように遠回りする余裕はない。
まっすぐ家路を急ぎながら、胸の奥が少しだけ軋む。
「また明日」が、あんなにも確かだった時代を、
ちょっとだけ羨ましく思うこともある。
それでも、夕焼けは変わらずそこにある。
今日の終わりを静かに見届けながら、
「おつかれさま」と言ってくれているのかな。
あの頃と見え方は違っても、
わたしのどこかには、今もちゃんとあの帰り道が息づいている。
靴に入り込んだ砂の感触も、
まだ赤く染まる途中だった空も、
「また明日ね」の声も、きっと、ずっと消えない。
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