感情が色を持つ時|シロクマ文芸部
「青い雨」と聞いて、わたしは立ち止まった。
んー、雨って青くない。無色透明だよな。
でも、雨の絵を描こうとしたら、きっと無意識に水色の色鉛筆を手に取ってしまう。
それは、どうしてなんだろう。
雨って、情緒的なものを喚起させる。
たとえば土砂降りの雨粒は、空が泣いているみたいに見える。
逆に、しとしとと降る雨は、ありがたい「恵みの雨」に感じられることもある。
同じ雨でも、わたしの心のありようで、ずいぶんと見え方が変わってくる。
あぁ、そうか。
雨そのものじゃなくて、自分の気持ちの色を、雨に投影して見ていたのかもしれない。
ドラマには、雨のシーンがよく登場する。
失恋したヒロインが、傘もささずに雨の中を一人で歩いている。そこに来たのは、ただ黙って傘を差し出すだけの相手。
ある、ある(ずぶぬれですよね)。
ああいう場面って、晴れた空の下じゃ似合わない。
雨だからこそ、心情がにじんでいく。
感情が、風景に溶け込んでいく。
“青”という色には、透明さがある。
冷たさや儚さを含みながら、どこか凛としている。
激しさはないけれど、そっと何かを洗い流してくれるような、やさしさがある。
「青い雨」は、まさにそんな色かもしれない。
見えていたわけじゃないのに、あとから「青かった気がする」と思ってしまうような。
それは、心が少しだけ澄んだ瞬間の記憶。
先日、夕食後に姉とウォーキングをしていたらポツリ、ポツリと雨が降ってきた。
そのうち本降りになり、慌てて引き返したけど、
「こりゃ、もう濡れるしかないね」
「でもなんか気持ちよくない?」
なんて言いながら歩いた。楽しかった。
髪も服もビショビショだったのだけど、不思議と澄んだ爽快さがそこには存在した。
周りを見わたした時、雨は大粒だった。車のライトに照らされた雨は何だか青い雨のように見えた。
そうやって、感情は静かに色を持つのかもしれない。
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