おかわりをしなくなった夜
いつかの夕飯後、母がポツリと言った。
「今日、おかわりしなかったわ」
甥っ子(高三)が、この日ご飯をおかわりしなかった。そんなこと?と思うかもしれない。
でも、高校球児の甥っ子にとって、“丼飯をおかわりする”のは日常だった。いや、もっと言えば「しなければならない」ものであった。
野球をする身体を作るために。
強くなるために。
母は続けた。
「もう、いいんだね。食べなくて。てか、やっぱり無理してたんだ…」
ギョッ、隣を見ると母が泣いているではないか。
それを見た姉も、感極まったように言った。
「小3から続けて、よくここまで……」
今度は姉の目から大粒の涙が溢れた。
まさか2人して泣くとは思わなかった。
甥っ子は、来週の試合で実質引退になる。
最後までレギュラーには選ばれなかった。
悔しい思いもたくさんしただろう。
投げ出したくなった日だって、きっとあった。
それでも、小学3年生から高校3年生まで続けた。
その時間だけで、もう十分すごいことだと思う。
大学では野球はやらないらしい。
「野球嫌いだわ〜。てか運動嫌いだわ〜」
そう笑う顔は、どこか清々しく見えた。
やっと、自分のペースで生きられる。
そんな空気が少しだけ漂っていた。
最後の試合は姉も見に行くらしい。
きっと泣くのだろうなと思う。
彼は「泣くなって、めんどくせー」そんな言い方をしてはいたけど、顔は笑っていた。
わたしは、丼飯をかきこんでいた背中を思い出しながら、やりきった彼を、そっと讃えたいと思う。「よくがんばったね」って。
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