お別れの記念日|片想い文芸部
ナルさんの下記記事に参加させていただきました。
よろしくお願いします。
「月が綺麗だから、今日は勝手に記念日にしようよ」
そう言ったのは、ルナだった。
思いつきで動く彼女に、僕はいつもついていく。
高校の帰り道。夏が始まったばかりの夜。
公園のブランコに座ったルナが、ゆらゆら揺れながら言った。
「ショウって、星みたい」
唐突すぎるその言葉に、僕は咳き込みそうになった。
「……それはどういう意味で言ってる?」
「いつも空の上で見守ってるの。私が変なこと言っても、黙ってついてきてくれるしさ」
「変なことって……ルナが変なのは、今に始まったことじゃないでしょ」
「えー、ひどくない?」
笑いながら、ルナは肩をすくめた。
ルナとは、保育園からずっと一緒だ。
近所に住んでいて、家族ぐるみの付き合いもある。
いわゆる“幼なじみ”。
でも最近、なんだか胸のあたりがギューッと苦しくなる。ルナを見つめる僕の眼差しが、以前とは違ってきている。
“好き”の温度が、変わってきたんだと思う。

「私さ、夏が終わったら引っ越すんだ」
さらっと言われた、その一言で
目の前が真っ白になった。
「……は?」
「うん。お父さんの転勤で。隣の県だけど、もう一緒に学校通えなくなると思う」
「そんなの……初耳……」
「言おうと思ってたけど、言えなかったんだ」
ルナは空を見たまま、淡々と言った。
それがルナだった。いつも自由で、ふわっとしてて、でもちゃんと、自分の中で何かを決めてるようにも見える。
するとルナは、ブランコを思いきり漕いで、前へジャンプして着地した。
その瞬間──
「いたっ!」
しゃがみ込んで足を押さえる。
「大丈夫? どうなった?」
「ひねったっぽい。これは歩けないかも」
「え!? ほら」
僕はしゃがんで、おんぶの体勢をとった。
歩けるかどうかなんて、正直どうでもよかった。
「やったー、ありがとう」
ふわっとルナが背中にかぶさる。
彼女の温度や匂いに包まれた瞬間、なぜだか涙が出そうになった。
こんなふうに彼女を背負うのも、これが最後かもしれない。
ルナが耳元でつぶやく。
「ねぇ、ショウ」
「ん?」
「月が綺麗だね」
「……それって」
(どういう意味で……)
そう訊こうとしたけど、ルナが遮った。
「子どもの頃もさ、こうやっておんぶしてくれたよね。覚えてる?」
「覚えてるよ。すぐこけるもんな、お前」
「あれね、ほとんどウソなの。ショウにおんぶしてもらえるのが嬉しかったの。ごめんね」
「そんなの、わかってたよ」
ルナは背中から降りると、少し前を歩いた。
僕はその後ろ姿を見つめながら訊いた。
「今日はなんの記念日なの?」
「忘れた。それは、あんまり重要じゃないから」
そのあと、ふたりで黙って空を見ていた。
ルナのあの態度は、まるで「気持ちは言わなくていい、わかってるから」と伝えているようだった。
行き場のない僕の想いは、喉の奥でつっかえて
そのまま、月に吸い込まれていった。
「ねぇ、もし私が“月”だとしたら、ショウは何?」
そう訊かれて、僕は少しだけ考えて答えた。
「星だろ。自分で言ってたじゃん。
きっといつでも、ルナのことを見守るから」
「ふふ、じゃあ安心して月の旅に出られるね」
そう言って笑ったルナを、僕はちゃんと見ていた。
きっと、あの笑顔をずっと忘れない。
そして─夏が終わった。
ルナは引っ越していった。
連絡先は知っている。でも、なかなか送れない。
ルナからも連絡は来ない。
でも、それでいいと思ってる。
きっと、あの夜が答えだったんだ。
月が綺麗だから、今日は勝手に記念日にしよう。
あの言葉は、さようならの代わりだったのかもしれない。
お別れの記念日。
でも、僕の心には今も、
あの日の月がやさしく浮かんでいる。
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