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顔を上げた朝

朝、首も背も丸めながら、えいやと開けた玄関先。

「ぬるい」

拍子抜けした。
首元を吹き抜ける、冬の乾いた冷たさがなかったからだ。
ひと息深く呼吸して、外階段を降りた。
日差しが穏やかで、空も青いなと思った。

急に、右斜め向かいの家の紅梅が目に入った。
「あれっ、こんなに開いてたんだ」
さらに歩くと、左前方のお店の前に紅色の花のかたまりが見えてきた。
「サザンカかな。こんなに満開なのに、今まで気づかなかったな」

路地の両脇にある庭木やプランターが、急に目につきだす。
こんなにカラフルだったかと、わくわくしてきた。


なぜ、今朝は気づいたんだろう。

歩きながらふいに思い出したのは、学生時代の記憶だ。
「下ばかり見ないで、前を向きなさい」と言う大人に、
心の中で「ウルセー」と返していた。

からだが縮こまれば視線は下へ向かう。
視野は目の前だけに狭まる。
けれど、緩むと、視線をぐるりと回せて、世界に気がつく。
昔から言われてきたことなのだろう。


わたしはいつから下ばかり向いていたんだろう。
……いや、全力疾走で駅に向かっていたじゃないの。

腕時計にラップタイムを刻み、人の流れを縫いながら、
脇をきゅっと締めて腕を振り抜く。息を切らせて、駆け込む。

隙間しか見ていない。
寒さに縮こまり、時間の切迫と闘って。


歩いたらよかったんだなと思う。
心なしか、腕の振りは大きな弧を描くようになり、
視線は、高架式の駅舎へ向かう長い階段の上に向いた。
歩く人、走る人、いろんな色のコートに包まれているのが見えた。
わたしは今朝、歩いて上った。

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