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人は見た目が〇%?

放送大学で学び続けるシリーズで書こうと思っていたサブ内容。余談的にちょろっと出そうかと考えていたことを単発記事で書きます。授業内容や放送大学については触れていないので、いつもの思考記録のようなものです。

昨日、面接授業というスクーリングである女性と会いました。
その方は、昨年の面接授業で隣同士になった方です。昨年の授業は「手話」を使う授業でしたので、先生のご指示によって2人1組で会話をする時間があったりしました。(もちろん全員の前で発表する時間もありましたよ。手が震えるし頭真っ白になるし、いつから人前に出ることが非常に苦手になってしまったのだろうかと思ったものです)
その方(Nさんとお呼びしましょうか)は授業が始まる前から熱心にノートに何かをお書きになっていて、「とても勤勉な方なのだなぁ」と心の中で感動しておりました。
当日の手話の先生はフランス語も堪能でいらして、なんと通訳までされることもあると授業内でおっしゃっていました。そんな先生がNさんのそばをお通りになった時、ノートの文字に気が付かれたようで立ち止まります。
「フランス語、勉強してるんですね」
ここで私、Nさんが熱心にお書きになっていたものがフランス語と知ります(他人のノートをじろじろ見たりしないですからね)。さすがにびっくりして振り返ってしまいました笑
「そうなんです、とても難しくて…時間がある時にはこうして勉強しているんですけどなかなか…」
と返すNさん。そのNさんに、またも驚きの言葉をかける先生。
「フランス語は〇〇とか□□が△△だからね、でもこうするとわかるよ」と、流ちょうなフランス語をするするとお話になられていました。
私、またまたびっくり。心の中では、手話通訳者もできるのにフランス語もできるとかスーパーウーマンすぎないか?!天は何物も与えるのか?!とひたすら驚いておりました。

とまぁ、いつも通り長くなりますね笑
Nさんとはそんな出会いでした。
手話に限らず言語の学習ってまずは自己紹介ができるところから始まりませんか?すみません、語学はからっきしなので中学校の時の英語の教科書を思い出して言っています笑
「私」がどこに住んでいるか、趣味はなんであるか、今日の天気は、私の家族は。そんな会話から学習は始まるように思います。その授業でも手話でそれを表現したのですが、Nさんの趣味は「琴」「三味線」でした。
この日のびっくりは、1日でカウントする最高記録なのではないでしょうか笑
「琴」「三味線」を趣味に、しかも3歳からおやりになっている方なんて私リアルで知り合いにいません。庶民すぎて知り合う機会がありませんでした。
発表会にもお出になっているとお聞きしたので、都合が合えば見に行きたいとお答えしたところ、休憩時間にその年の発表会の動画を見せてくださいました。
来年(2026年)に発表会をやるかは未定とのことで、「お名前で検索すれば予定とかわかりますか」と無邪気に言ったところ、「連絡先を交換しましょう」と言ってくださり!(私こう見えて?そういうことが全然できないのです。その時その場で楽しくお話しすることは得意なんですが、関係を結ぶことに臆病なところがあります)
Lineを交換することになりました。

相変わらず長いですね笑

そして今年4月。面接授業は申込をしても、応募者多数の場合は抽選になります。私も今回は5つ申込みをし、当選は3科目でした。
Nさんにその旨を連絡し、いついつこの学習センターでこの授業を受けますとお伝えしたところ、1日だけ同じ学習センターで授業をお受けになることがわかりました。(Nさんは遠征して面接授業をお受けになることもあるようで、アクティブなかっこよさも持ち合わせている方です)
それが7月初めの面接授業でした。
受講した科目は違ったので、お昼休憩の時間にホールのようなところで座っていると、通路の向こうから「ラズベルさ~ん!(もちろん呼びかけは私の本名でなさいましたよ笑)」と声をかけてくださるNさんの姿が。
すごく嬉しくてさっと立ち上がって手をぶんぶんと降りました。そのあとはまたベンチに座り、10分程度しか時間がなかったのですがとても楽しくお話させていただきました。

どうしよう、本題ここからなんですが笑
本題っていうか、その日思ったことなんで、まぁいいか笑

昨年、知り合ったときのNさんの印象は浮世人のようで、なんというか生活とか背景が読めなかったんですよね。私は10年以上結婚式場のスタッフをしていた経験や、5年くらい和食レストランのスタッフもやっていたので人を見るとその人の属性等がなんとなくわかるのですが。(接客業あるあると思います)
Nさんは全然わからずだったんです。今回お話したことで背景、属性がわかり、全然浮世人じゃないじゃん、てなりました笑

人は見た目が何割、なんて話もあります。結構当たっていると思います。美醜ではなく、思考は結構表情にでますし、身なりの清潔さや、その場に合うように配慮できる思考を持っているかといった社会性等も表れます。
自分の体は自分しか動かせませんし、環境が合わせてくれるわけでもありあません。
「社会人らしく」「母親らしく」「若者らしく」といったラベリングは危険だし少なくとも私は好きじゃありませんが、その「好きじゃない」を発する場は個人の場であるべき、とも思います。
環境に自分がなじむようにすることは、他者への思いやりだなといつも思っています。

Nさんの見た目の話ではないのですが、見た目から何も読めなかった私の経験不足とかそういう意味での、今日の記事になります。よくわからない話になりましたね笑

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