鳴けば暑い、鳴かなければ寂しい|セミの声に思う夏
こんにちは、凸凹おばばです。
毎年、当たり前のように聞いている音が聞こえないと、急に気になることはありませんか。
夏になれば、朝早くから始まるセミの大合唱。
「朝から元気やねえ」
そう言いながら、ときには暑さまで増したように感じてしまいます。
ところが、聞こえなければ聞こえないで、何かが足りない。
人間とは、なんとも勝手なものです。
「今年はセミが鳴かないなあ」
数日前、夫がぽつりと言いました。
「今年はセミが鳴かないなあ」
そう言われて、わたしも耳を澄ませてみました。
たしかに聞こえません。
いつもの夏なら、頼んでもいないのに朝早くから大合唱。目覚まし時計より正確で、しかも音量調節はできません。
ところが今年は、妙に静かでした。
「梅雨の雨や気温が関係しちょるっちゃろか?」
夫婦でそんな話をしながら、わたしもセミの声を気にかけるようになりました。
毎年、「うるさいなあ」と思っていたはずなのに、聞こえないとなると心配になります。
朝から室温30度の日に

すると今朝、一斉にセミが鳴き始めました。
一匹、二匹どころではありません。
まるで申し合わせていたかのような大合唱です。
「おお、鳴き始めた!」
待っていた声が聞こえてきて、少し安心しました。
しかし、よりによって今朝は、朝から室温30度。
ただでさえ暑いのに、セミの声が加わると、体感温度まで一気に上がったように感じます。
待っていたくせに、今度は、
「もう少し静かに鳴けんもんやろか」
そんなことを思ってしまいました。
鳴かなければ心配し、鳴けば暑さが倍増したと文句を言う。
セミから見れば、
「いったい、どっちやと?」
と言いたくなるでしょうね。
庭で見つけた三つの抜け殻

わが家の庭には、毎年セミの抜け殻がついているのです。
今年もあるかもしれないと思い、庭へ見に行ってみました。
すると、三つの抜け殻を見つけました。
いつの間にか土の中から出てきて、暗い時間に殻を脱ぎ、羽を広げて飛び立っていたのでしょう。
今朝聞こえた声の中に、この抜け殻の主もいたのかもしれません。
あの羽化の美しさを思い出して

以前、わが家の庭で、クマゼミが羽化する様子を目の前で見たことがあります。
殻から少しずつ体を出し、まだ淡い色をした羽をゆっくりと広げていく姿。
ふだん見かける黒いクマゼミとはまるで違い、その美しさと神秘的な姿に、時間を忘れて見入ってしまいました。
いつも何げなく聞いているセミの声。
けれど、その声を響かせるまでには、土の中からはい出し、殻を破って羽を広げるという、大仕事があったのです。
クマゼミが羽化する様子は、こちらの記事に写真とともに残しています。
庭に残された三つの抜け殻を見ながら、今年も人知れず、小さな命のドラマが繰り広げられていたのだと思いました。
そう考えると、あれほど暑さを倍増させていた鳴き声も、少し違って聞こえてきます。
夏を生きる、必死の声

セミの声は、ただ夏をにぎやかにしているだけではありません。
限られた時間の中で相手を探し、命をつなごうとする必死の声です。
地上で生きられる時間が長くないと知ると、一声一声が、なおさらいとおしく感じられます。
鳴けば暑い。
けれど、鳴かなければ寂しい。
毎年聞いている夏の音にも、同じものは一つとしてないのでしょう。
今年の夏を生きているセミたちの声は、今年しか聞くことができません。
朝から室温30度は、できればご勘弁願いたいところですが、セミの大合唱には、もう少し耳を傾けてみようと思います。
「今年も夏が来たよ」
あの小さな体で、命いっぱいに知らせてくれているのですから。
