あの日、迷子の私を救ってくれたのは「ありがとう」の一言でした
前職の調剤薬局の事務として働き始めたばかりのころ、私の心はいつも、うっすらとした霧の中にありました。
慣れない業務、覚えられない専門用語。
まだ入力を任せられないので、
処方箋を受け取っては、中へ回す。
ただそれだけの繰り返し。
戦力外通告をされているような気分。
「私、ここにいる意味あるのかな?」と、
こぼれ落ちそうなやる気を必死で繋ぎ止めていました。
そんなある日のことです。
一人の年配の女性が、困り果てた様子で店内に駆け込んでこられました。
「あの……〇〇病院へ行きたいのだけど、道に迷ってしまって。どう行けばいいかしら?」
焦りで少し震える声。
すぐ近くだったけれど、言葉だけで説明するには少し入り組んだ道。
「よかったら、看板が見えるところまでご案内しますね」
私は反射的に、受付のカウンターを飛び出していました。
春の光の中、短い距離を二人で歩きました。
「ここを曲がれば、もう見えますよ」とお伝えした時、その女性は私の目を見て、深く、深く頭を下げられたのです。
「本当にありがとう。道が分からなくて、どうしようかと涙が出そうだったの。お忙しいのに、わざわざ案内してくれるなんて……。本当に助かったわ、ありがとうね」
何度も何度も繰り返される、真っ直ぐな感謝の言葉。
その瞬間、私の胸の奥に、ぽっと小さな灯りがともりました。
「役に立ちたい」と焦っていた私を救ってくれたのは、仕事のスキルではなく、ただ目の前の人に寄り添った時間でした。
あの日、女性がくれた「ありがとう」は、私自身の存在を肯定してくれる魔法の言葉だったのだと思います。
あの日、道に迷っていたのは私の方でした。
私を見つけて、あたたかな言葉をかけてくれて、本当にありがとうございました。
あの時の勇気が、今の私の支えになっています。
