【掌編小説】思い出の名物教授

入学式から五日ほど経ったある日。私は、初めての講義に出席するため、大学構内を急ぎ足で歩いていた。東京に出てきてからというもの、歩く速度はずいぶん速くなっていた。
少し前を歩いていた学生が、咥えていたタバコをポイと投げ捨てた。
そのときである。
「ごぉらあ!」
後ろから、ものすごい怒鳴り声が聞こえた。
ポイ捨ての学生はその場で飛びあがり、周辺にいた学生も一斉に振り返った。
そこには、ひとりの老人が立っていた。彼が怒り心頭に達していることは、その紅潮した顔色とギロッと上を睨んだ目からも明らかだった。
老人はおそらくこの大学の教授。ポイ捨て学生を近くに呼びつけると、大声での説教が始まった。
私は、恐いもの見たさの気持ちもあったのだが、講義の時間に遅れそうだったので、すぐにその場を離れた。
ようやく、建物の四階にある”講義会場”に着いた。思ったよりも小さな教室で、中に入ると机の数は三十あまり。「一般教養課程」の講義は大講堂でやるものとばかり思っていた私には意外だった。
空いている席に座ると、周囲を見回して私は思った。
『これでは、出席票を出して、後ろからドロンすることもできないではないか』
私は、事前調査をしっかりやってなかった己の愚かさを呪った。また、情報を金で買う学生を心の中でバカにしていた自分を恥じた。
横の机を見ると、たまたま知った顔の学生が座っていた。彼も私の意見に同意を示した。
調子に乗った私は持論を展開した。
「そもそも、大学に入って、なんで二年間も一般教養なんてやらなきゃいけないんだ?」
となりの学生が苦笑いを浮かべたそのとき、前の扉がガラガラと開いて、担当教授が入ってきた。
「ギョギョギョ」
その教授の顔を見るなり、私はさかなクンよろしく驚きの声を発した。
その教授こそ誰あろう、ポイ捨て男を「ごぉらあ!」と怒鳴った老人その人だったのである。
『世間は広いようで狭い』
私は、この偶然を妙に感心しながら傍観していた。だが、悠長に感心している場合ではなかった。
◇
教授はまだ怒っていた。
「ワタシが入試の試験官だったら、あんな奴は絶対に入れない。必ず落としてやる」
しばらくして少し落ち着いた教授は、講義について話し始めた。
彼によると、以前は大講堂でマイクを使って講義をやっていたとのことだった。そこで、どんどん赤点をつけてやったところ、年々受講者が減っていきちょうど良くなったと、満足げに教授は語った。
最後にこう言った。
「ワタシの講義で『優』が取れたら一生自慢できる」
これは大変なことになった。貧乏学生の私にとって、留年は許されない。醤油メシ※すら食えなくなる。私は生まれて初めて一心不乱に勉強した。
(※ご飯に醤油をかけたシンプルな食事で、かつての貧乏学生定番メニュー)
その結果、もちろん優ではなかったが、何とか赤点だけは免れた。
しかし、その分、他の科目の勉強が疎かになり、二つの科目で赤点を取ってしまった。
プラマイで考えるとマイナスになる。だが、なんでもかんでも損得勘定だけで考えればいいというものではない。
「優」で一生自慢できるのなら、「可」でも一か月ぐらいなら自慢できるはずだ。これは何物にも代えがたい成果ではないか。
◇
私が無事大学を卒業し、数年経った。
ある日の新聞に、その教授の訃報記事が載った。社会面の半分くらいを割いて、彼の功績について解説していた。比較文化論の分野では高名な研究者で、国から勲章も授与された人物のようだった。
「ごぉらあ!」
新聞ではもちろん触れていなかったが、今でも私はこの「ごぉらあ!」を懐かしく思い出すことがある。
