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防災に足りなかったのは「お作法」かもしれない― 社会問題を、低予算のふるまいで変えられるか ―


防災には、お金がかかる。

備蓄品をそろえるにも、避難所を整えるにも、資機材を準備するにも、訓練を行うにも、予算がいる。
行政にも、地域にも、学校にも、企業にも、防災に使えるお金と人手には限りがある。

だから防災は、いつも難しい。

必要なのは分かっている。
大切なのも分かっている。
しかし、人が集まらない。
関心が続かない。
予算も足りない。

それでも、災害は待ってくれない。

では、防災を広げるには、必ず大きなお金が必要なのだろうか。

私は、そうではないと思っている。

もちろん、備蓄や設備は必要である。
避難所の環境改善も必要である。
けれど、避難所で起きる困りごとのすべてが、お金で解決できるわけではない。

順番を守る。
場所を取りすぎない。
困っている人に気づく。
自分の困りごとを早めに伝える。
ペットが苦手な人にも配慮する。
周りの人と相談する。

こうしたことは、高額な設備がなくても始められる。

私は、これを「防災のお作法」と呼びたい。

ここでいう作法は、厳しい礼儀作法ではない。
誰かを責めるための作法でもない。
きれいに振る舞えという押しつけでもない。

みんなで助かるための、思いやりと配慮のふるまいである。

防災に足りなかったのは、もしかすると「お作法」かもしれない。

私は、防災の活動を始めて7年になる。

防災士として地域の防災に関わりながら、特に力を入れてきたのが、ペットの避難所問題に関する啓発活動である。

ペットを飼っている人にとって、ペットは家族である。
しかし、避難所にはペットが苦手な人もいる。
アレルギーがある人もいる。
鳴き声やにおいが気になる人もいる。

飼い主だけが悪いわけではない。
ペットが苦手な人だけが我慢すればよいわけでもない。
避難所運営者だけに負担を押しつければよいわけでもない。

この問題に向き合う中で、私は防災啓発の限界にも直面してきた。

正しい情報を伝えても、なかなか届かない。
備えの大切さを話しても、行動にはつながりにくい。
ペット防災の必要性を伝えても、「自分にはまだ関係ない」と思われてしまう。

だから私は、物や知識を伝えるだけではなく、避難所でどうふるまうか、どう伝えるか、どう配慮するかを考える必要があると思うようになった。

その中でたどり着いた言葉が、「防災のお作法」である。

1 多くの人は、本当の避難所を知らない

作法防災が必要だと思う理由の一つは、多くの人が本当の避難所を知らないからである。

避難所と聞くと、なんとなく「行けば何とかなる場所」と思われがちだ。

安全な場所。
水や食料がある場所。
行政や誰かが助けてくれる場所。
困った時に受け入れてもらえる場所。

もちろん、避難所は命を守るために大切な場所である。

しかし、避難所はホテルではない。

十分な広さがあるとは限らない。
静かに眠れるとは限らない。
すぐに必要な物が手に入るとは限らない。
知らない人同士が、限られた空間で、不安や疲れを抱えながら過ごす場所である。

そこで起きる困りごとは、物不足だけではない。

場所の使い方。
音やにおい。
順番。
子どもの声。
体調の悪さ。
ペットのこと。
言い出せない困りごと。
周りに迷惑をかけたくないという我慢。

こうしたことは、避難所に行ってから初めて考えるのでは遅い場合がある。

多くの人は、避難所で実際に何が起きるのかを想像できない。
だから、備蓄品は準備しても、避難所でのふるまいまでは準備しない。

水を備える。
食料を備える。
ライトを備える。
ハザードマップを見る。
避難経路を確認する。

これらはすべて大切である。
けれど、それだけでは避難所での困りごとまでは減らせない。

「困っています」と言えない人がいる。
「少し場所を空けてください」と言えない人がいる。
「ペットが苦手です」と言い出せない人がいる。

逆に、ペットを家族として大切にしている人も、不安を抱えている。

誰か一人が悪いわけではない。
ただ、困りごとが見えないまま同じ場所に集まると、小さな不満が大きなトラブルになる。

だからこそ、避難所でのふるまいを、平時から想像しておく必要がある。

その入口が、「防災のお作法」である。

2 「作法」という言葉には、伝わる力がある

「作法」と聞くと、多くの人は何かしらのイメージを持つ。

順番を守る。
場所を取りすぎない。
相手に配慮する。
周りを見る。
場を乱さない。
困っている人に気づく。

これは、特別な防災用語ではない。
日常の中にある感覚である。

私は、この「なんとなく伝わる力」に可能性を感じている。

「防災のお作法」と聞くだけで、細かく説明されなくても、避難所でのふるまいを少し想像できる。

ここに、作法という言葉の強さがある。

これまでの防災啓発は、物・知識・マニュアルを中心に大切な役割を果たしてきた。

水を備える。
非常食を準備する。
避難経路を確認する。
避難所の場所を知る。
家族で連絡方法を決める。

どれも必要である。

しかし、避難所でどう伝えるか。
どう配慮するか。
どう相談するか。
どう困りごとを言いやすくするか。

この部分は、まだ十分に届いていないのではないか。

そこで、作法という言葉を置いてみる。

避難所の作法。
ペット防災の作法。
助ける作法。
助かる作法。
困りごとを言える作法。

そう表現すると、災害時の行動が少し見えやすくなる。

作法防災は、新しいルールを増やすものではない。
できない人を責めるものでもない。
同じ価値観を押しつけるものでもない。

むしろ、困りごとを言いやすくするための言葉である。

「私はこうしてほしい」と伝える。
「この人は何に困っているのだろう」と考える。
「ここは少し譲ろう」と行動する。
「我慢せずに相談していい」と思える。

そうしたふるまいを平時から育てることが、災害時の共助につながる。

国も、個人の防災力や地域の共助を高めることを求めている。
しかし、「自助が大切です」「共助が大切です」と言うだけでは、人の行動は変わりにくい。

必要なのは、自助・共助を日常の行動に落とし込むことである。

そのために、「作法」という言葉は使えるのではないか。

しかも、低予算で始められる。

大きな設備はいらない。
新しいシステムもいらない。
今ある防災講座や避難訓練に、少し加えるだけで始められる。

避難所での場所の使い方を話し合う。
困った時にどう相談するかを考える。
ペットがいる人と苦手な人、両方の立場を考える。
子どもたちが、すごろくで災害時の選択を考える。

必要なのは、大きな予算ではない。
必要なのは、問いと場づくりである。

3 低予算で広がる防災ビジネスになるか

作法防災は、防災グッズを売るビジネスではない。
高額な設備を導入するビジネスでもない。

ビジネスとして考えるなら、これは低予算で広げられる防災啓発コンテンツである。

講演。
研修。
ワークショップ。
作法カード。
学校教材。
社協向け講座。
企業BCP研修。
ペット防災講座。

こうした形に展開できる。

行政にとっては、既存の防災講座や避難訓練に加えやすい。
社協にとっては、困りごとを言いやすい地域づくりと相性がよい。
学校にとっては、子どもたちが遊びながら学べる教材になる。
企業にとっては、BCPを現場で動かすための声かけや配慮の研修になる。
ペット防災にとっては、飼い主と非飼い主の間にある不安を整理する入口になる。

たとえば、私が開発を進めている「ぼうさいすごろく」は、ただサイコロを振ってゴールを目指す遊びではない。

台風が近づいている。
リュックに物が入りきらない。
避難するか迷う。
ペットをどうするか考える。
避難所で困っている人がいる。
自分の困りごとを誰に伝えるか迷う。

こうした場面に出会いながら、「自分ならどうするか」「家族ならどうするか」「周りの人は何に困るか」を考える、対話型の防災教材である。

目的は、正解を一つ覚えることではない。
遊びながら、みんなで助かる知恵を身につけることである。

災害時には、状況によって正解が変わる。
家庭によって事情も違う。
ペットがいる家庭もあれば、いない家庭もある。
高齢者や子ども、障害のある人、体調に不安のある人がいる場合もある。

だからこそ、このすごろくでは「答えを当てる」のではなく、「考える」「話し合う」「相手の困りごとを想像する」ことを大切にしている。

これは、ふるまいを学ぶ防災教材である。
そして、作法防災を子どもから大人まで体験できる入口でもある。

ペット防災も同じである。

ペットを飼っている人にとって、ペットは家族である。
災害時に置いて避難することは、大きな不安になる。

一方で、避難所にはペットが苦手な人もいる。
アレルギーがある人もいる。
鳴き声やにおいが気になる人もいる。
動物が怖い子どももいるかもしれない。

ここで必要なのは、どちらか一方を責めることではない。

飼い主だけが悪いわけではない。
ペットが苦手な人だけが我慢すればよいわけでもない。
避難所運営者だけに負担をかければよいわけでもない。

必要なのは、それぞれの困りごとを見えるようにし、平時から相談できる関係をつくることである。

どう伝えるか。
どう相談するか。
どう配慮するか。
どう同じ避難所で過ごすか。

このふるまいを平時から考えることが、ペット防災のお作法である。

作法という言葉には、慎重さも必要だ。

押しつけに見えるのではないか。
できない人が責められるのではないか。
同調圧力にならないか。

こうした懸念は、きちんと受け止めなければならない。

だから私は、作法という言葉への反応を確認しながら、少しずつ表現を整えている。
まだ小規模な段階ではあるが、アンケートでは「防災を作法として考えること」に一定の関心や可能性を感じる反応も見え始めている。

大切なのは、作法を押しつけることではない。
作法という言葉を使って、避難所でのふるまいを考えやすくすることである。

防災に必要なのは、売る力だけではない。
特に防災のように命や暮らしに関わる分野では、信頼が土台になる。

「この話なら聞いてみよう」
「これなら地域で使えそう」
「これなら子どもにも伝えられる」
「これなら社員が自分ごととして考えられる」

そう思ってもらえることが、作法防災の価値である。

防災を広げるために、必ずしも最初から大きな予算が必要なわけではない。
まず必要なのは、避難所でどうふるまうかを、みんなで考えられる言葉である。

最後に、少しだけ「防災のお作法」という言葉を想像してみてください。

なんとなくでかまいません。

順番を守る。
避難所で場所を取りすぎない。
困っている人に気づく。
ペットが苦手な人にも配慮する。
自分の困りごとを早めに伝える。
周りの人と相談する。

細かく説明されなくても、「防災のお作法」と聞くだけで、なんとなくイメージできるものがあると思います。

私は、そこに「作法」という言葉が持っている力があると思っています。

防災の作法は、厳しい礼儀作法ではありません。
みんなで助かるための、思いやりと配慮のふるまいです。

防災に足りなかったのは、「お作法」かもしれない。

社会問題を、低予算のふるまいで変えられるか。
その小さな問いから、作法防災を育てていきたい。

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