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巷では読書好きの女はつまらないなんて言うけれど | エッセイ

出会いは突然だ。
いつも仕事で会う人が、大の読書家だと知った。
ずいぶん歳上で、社会的な立場もあるひと。
ただの仕事関係の人であることは変わりないのに、読書好きの姿を映した瞳には、少しだけその線を越えた気がした。
私はそのとき、その人と、もう一度出会い直したのだと思う。

話の中で、ふと、私が時代小説が苦手だと打ち明けると、その人は笑いながらこう言った。
「読みやすい人のを読んだらいい。難しいことを書いているのは勉強してきて賢いかもしれないが、頭は悪い」
はて?と見つめ返す。
「その人のレベルに合わせて話せるのが本当の賢さだ。難しいことを分かりやすく簡単に話せるのが賢さだと思う」
はっと目を見開いた。

その言葉に、心当たりがあったからだ。
それは、院生時代に恩師に言われた言葉と同じだった。

何の目的で、誰に対して、どのように伝えるのか。
この軸をブレさせないこと。

どんな道も、極めると同じなのだろうか。
どの職業にも通じる基礎基本なのだろうか。

それは分からない。
けれど、読書談義から始まったあの話は、その人の真髄に触れた気がした。

読書好きの女はつまらない、なんてSNSで見かけたけれど、それを言い出した人とは趣味が合わないと思う。
私は、目を輝かせて本の話をしてくれる人が好きだ。
何がどういう風に面白かったのか、どう感じたのか、どの登場人物が好きなのか、どんなテーマが根底にあって、どこが琴線に触れたのか。
そんな話で何時間も溶かしたい。

語り合うために、私は「面白かった」の、その先を話せるようになりたい。
「面白さ」を因数分解して、自分なりの解釈と言葉で表現していきたい。

そういう意味で、今回出会い直したあの人も、院生時代の恩師も、私の憧れの人である。
あの人たちは、自分の言葉で話している。

私も、いつか、そうなれたらいい。

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