幸せは、奪い合うものじゃなかった#40
世の中は、
誰かが得をしたら
誰かが損をするものだと、
思っている人も多い気がする。
まるで椅子取りゲームのように、
限られた椅子を取り合っている。
でも、その椅子は
本当に数が決まっている?
その椅子は、
本当に増やすことはできない?
そして、その椅子は、
本当に一人でしか座れない?
世の中にある“幸せ”は
総量が決まっているものではないと
私は思っている。
それぞれの行動によって、
増やすことができるもの。
だから、
焦って奪い合う必要はない。
幸せそうな誰かを見て、
心がチクリと痛いと感じた時。
その痛みの正体は、
「椅子が一つ減った。
ということは、座れる確率が下がった」
そんな焦りから来ているのかもしれない。
そんなときは、
もう一度周りを見渡してみてほしい。
本当に、椅子は減っている?
実は周りを見てみると、
案外すぐ近くに椅子はあることに気がつく。
そしてそれは不思議と、
人に差し出すことで増えていく。
座れる椅子に限りがあると思っていたら、
目の前の椅子を他の誰かに差し出すなんて
きっとできない。
でも、その椅子を差し出すことで
本当は椅子が増えるとしたら?
全員が座っても余るくらいに、
椅子は増やすことができるとしたら?
誰かの不幸の上に成り立つ幸せは、
その誰かを椅子にして座っているようなものだと、私は思う。
他の人が幸せだからといって、
自分が幸せになれないわけじゃない。
むしろ本当は、
人の幸せを願えることほど
幸せなことはないのかもしれない。
だって、椅子は…
“幸せ”は増やせるものだから。
幸せそうな誰かを見たとき、
「ああ、今日も世界に幸せが増えたな」
そんなふうにあたたかい気持ちを持てたら。
自分の席は、ちゃんとあるのかもしれない。
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