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「アクタージュ act-age」を読みました

今回は「アクタージュ act-age」を読んだので、その感想をまとめていきたいと思います。

本作は週刊少年ジャンプで過去に連載された作品で、天才的な才能を持つ夜凪景を主人公とした演技・演劇の漫画です。

なお本作は諸般の事情から作品の途中で連載が終了しておりまして、作品として完結はしていない作品となります。私は本誌掲載の最終話まで読みました。


まず本作の印象的だった部分として、とにかく丁寧な話作りが挙げられると思います。

そもそも演劇や映画といったテーマの作品は基本的に劇中劇を展開することになるので、台本上の役の状況や感情とそれを演じる登場人物の状況や感情、というような二重構造になっており、そもそもとしてシナリオの完成度がある程度求められる作品だと考えられます。

そういう意味で本作は、登場人物やそれが演じるキャラだけでなく、それを見る観客、その演技を指導した第三者の登場人物、キャラクターに投影されるメタファーの構図、作品全体としての意味など、1シーン1シーンが複数の意味を持ちつつ絡み合って、とても緻密に作られたシナリオがとても印象的な作品でした。


そのような魅力が前面に出ていたのは、やはり「銀河鉄道の夜」の章ですよね。
例えば巌の死というワンポイントだけを切り取っても、まず表面的には巌の演技指導に全てを懸ける狂気や夜凪への期待が表現されており、自らの死を語るシーンや言葉の一つ一つが「死」という普遍的なテーマを取り扱いつつ「演じて何かを残す」という演劇そのものの意味に触れつつもカンパネルラという登場人物の価値観や視点も提供しています。

まあここら辺までは「銀河鉄道の夜」と並行して登場人物の死を描く、という舞台設定があれば妥当な構造ではあるのですが、そこから巌の語りを聞かせ続けた夜凪を巌のメタファーとして取り扱って「役者とは何か」を学ばせたり、阿良也の師との別れを(舞台上のジョバンニと関連付けて)描いたり、死に瀕して巌が何を思ったかを銀河鉄道の夜と関連付けて表現したりと、とにかく一つの設定やシーン同士に色々な意味を持たせている、非常に緻密な構造が展開されていました。

その上で作中ではアキラの成長を描いたり、役に入り込みすぎる阿良也の姿から夜凪の将来を暗示しつつ仲間との友情を描いたり、ただの一舞台にたくさんの意図や表現やメタファーが織り込まれており、とにかく美しく無駄のない展開でした。

まあ本当にざっくり言うと話作りがめちゃくちゃ上手いんですよね。
もちろん緻密なメタファーのやり取りの上で演技の凄さだとか観客の反応だとかの表面的にアツく気持ちよくなれる少年マンガ的な魅力も盛り込んでいるので、広い層が楽しめます。

また、このように展開が無駄なく盛り込まれてスイスイ進むので、特に前半は作品としてめちゃくちゃテンポがいいです。銀河鉄道の夜終演までで単行本にすると6巻分ですからね。
大体テンポがいい作品ってコンセプトや表現したいことを絞って一つのテーマや一人のキャラにスポットライトを当て続けるみたいな手法を取っていることも多いのですが、本作はそんなことはないですね。

もう少し深く掘り下げると、本作は主人公の夜凪が没入型で天才的な演技をするということで、演技が始まるまでは夜凪の心情や試行錯誤をメインで描写して、舞台が始まったら夜凪をインパクトのある状況/舞台設定として他のキャラをメインに展開する、という演出をしているので、舞台上で主人公の心情などを描く必要を失くしている、というのがあるのかなと思います。

こうして、舞台前には読者の視点人物となって試行錯誤を繰り返しつつ、舞台上では登場人物全員を振り回すような圧倒的実力者として描くことで、視点人物として共感させてからその主人公が非凡な大活躍するという気持ちよさもありますし、急に読者の手元から離れていくのも非凡さというか没入型の天才性が強調されています。

まとめると、一つの章に点在する様々な要素が緻密に入り組みつつも短く展開しており、どのシーンにも複数の伏線やメタファー、対比構造が張り巡らされている、とても美しい話作りでした。


後は作画も良かったですね。
演技は基本的に視覚的なものなので、読者にも作中の観客と同じように「凄み」を演出する必要があります。
一方でバトル物のように画は派手ではないですし、表情の微妙な加減を伝える必要があるので結構作画の要求値は高いなと感じています。

そういう意味で本作は、演技を見せる演出面も、細かい心情や表情を見せる作画面も優れていたように感じています。

そもそもデスゲーム物の作品、銀河鉄道の夜、バトルメインの舞台と、視覚的にも派手に演出しやすい舞台を設定している、という点で演出面の工夫が伺える部分ではあるのですが、例えば羅刹女の百城は、全く違う表情をコロコロと変化させる役どころですし、今まで「天使」と言われた表情に「怖さ」を演出するというような難しさもありました。

そのようなシーンでも、演出面からは、舞台上の明暗、背景、コマ割りの躍動感などで、作画の面では線の太さ、書き込みの深さなどで、とても上手く舞台上の変化や勢い、観客の感じている凄みを表現しきっていたと思います。
特に演出上の工夫なんかは、作品のテーマが映画/演劇ということもあって、ライトアップや視線誘導などのノウハウが良く取り入れられていたと思います。

それでいて一枚絵というか、ここぞというシーンでの書き込みや表情の絶妙さには唸らされる部分もあります。デスアイランド編の百城の最後の表情などもそうですね。


後は全体的にキャラも良かったですね。

全体的に特定のキャラに過度のヘイトが行かないように上手く操作しているような、絶妙なバランス感覚を感じました。

例えば武光のような役どころは、他の作品であれば熱血なだけのキャラである所を、他の作品にはないような思慮深さや能力の高さを見せることでかなりいいキャラになっていたように感じます。

他にも、王賀美のような傍若無人キャラを傍若無人なままで終わらせず、早い段階でプロとしての矜持や他者を尊重する姿勢、自分に匹敵する相手がいない孤独などを描くことで、憎めない良いキャラになっていました。

役者としてメイン格で登場する百城や阿良也や王賀美といったキャラは、夜凪も含めて、どのキャラも天才性を強く実感するキャラクター性でありながらお互いにキャラが被っておらず、それぞれ独自に魅力を持っていました。役者としてのメイン格キャラの他の引き出しも見てみたかったですね。



逆に気になった部分を挙げると、まあ夜凪のキャラクター性はよく分からないなぁという部分が少しありました。

まあ見た感じ、初期の夜凪の狂気というか感情を道具的に扱うような側面は、特に明確なきっかけがあったわけでもなく早い段階で消えてしまったので、恐らく何らかの方向転換があったのかな……?という感じなのですが、夜凪は超初期の雰囲気からはかなり変わっていたと思います。

もう序中盤くらいからは素直でちょっと抜けてるけど舞台に立つと役に入り込む天才型キャラという感じで割と序盤にあるような闇感もなりを潜めていたかなと思います。

憑依型の演技の代償みたいな部分も、割と作中範囲では大きな代償もなく、仲間のパワーや居場所のパワーで明確な問題として現れる前にカバーされていたので、気持ちや性格の面で大きな変化がなかったのも違和感がある部分ではありました。

総じて夜凪の性格やパーソナリティの部分は、超序盤の雰囲気から変わったな?という感じがあり、憑依型の不安定さみたいなのが全体として見られづらかったかなと感じました。


あと気になった部分だと、羅刹女の話は率直にごちゃついちゃってるかなと感じました。

単行本で言うと12巻中5巻くらいを羅刹女に使っているのですが、登場人物の数が増えて舞台数が2倍になっているのに対して前述の構造やメタファーの緻密さは健在なので、結構話が散らかっているようにも見えました。

例えば百城の羅刹女が最後に扇ごうとしたのを止められたシーンを挙げると、まずあそこ自体が前日に黒山が修正したシーンで、扇ぐのを止めさせたことが「羅刹女」という作品的にどういう意味があって、そのラストに行くまでのどの演技にどういう効果があって、でさらに脚本家の山野上にとってはどういうメッセージがあって、さらに夜凪と百城の対比でみると最後のシーンはどういう差があって……みたいな感じで、ちょっと複雑になりすぎていたようにも感じます。

後は脚本が因縁の相手ということを唐突に暴露したり、阿良也がガチで猿みたいな演技をしたり、壁に頭を打ち付けて血糊の代わりにしたり、まあ作品的には意味があるし納得できるのですが、少し現実離れしすぎて違和感があるようなシーンも羅刹女にはちょいちょいあったように感じます。



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