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【花言葉集】第五花_梔子

駅前の景色は、少し変わっていた。

新しいカフェができて。

古い本屋はなくなって。

よく待ち合わせをした時計も、新しくなっていた。

変わらないのは、六月の風だけだった。

ふと、甘い香りがした。

足を止める。

白く小さな花が、静かに咲いていた。

「梔子か。」

思わず、その名前が口をついた。

昔、君が教えてくれた花だった。

「この花ね、すごくいい香りがするの。」

そう言って笑う君を見て、

僕は花より君を見ていた。

だから。

花の名前だけは、今でも忘れなかった。

あれから何年が経っただろう。

僕たちは別々の道を歩いた。

連絡を取ることもなくなって、

お互いの近況を知ることもなくなった。

あの日の恋は、きっと終わったんだと思う。

それなのに。

梔子の香りを感じるだけで、

君の笑い声が聞こえてくる気がする。

不思議だった。

忘れたいと思った日は、一度もなかった。

忘れようとした日も、なかった。

ただ、思い出さない日が増えただけ。

それだけだった。

昔は、終わった恋を思い出すたびに胸が痛んだ。

「あのとき、違う言葉を選んでいたら。」

「あの日、引き止めていたら。」

そんな"もしも"ばかり考えていた。

でも今は違う。

あの時間があったから、

誰かを大切にすることを知った。

笑い合うことの幸せを知った。

何気ない毎日が、一番かけがえのないものだと知った。

君はもう、この街にはいないかもしれない。

僕のことなんて、思い出すこともないかもしれない。

それでもいい。

あの頃の僕は、確かに幸せだった。

その事実だけは、誰にも変えられない。

風が吹く。

梔子が、静かに揺れる。

花は何も語らない。

それでも、その香りはあの日と変わらなかった。

僕は少しだけ笑う。

「ありがとう。」

誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からない。

君へだったのか。

あの頃の自分へだったのか。

それとも。

あの時間、そのものへだったのか。

ただ一つだけ、はっきりと言えることがある。

終わった恋だった。

でも。

不幸な恋じゃなかった。

僕にとって、

あれは、人生で一番やさしい思い出だった。


梔子――【とても幸せです】

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