パンで涙を拭って 第三話 #創作大賞2025 #恋愛小説部門
医事課へ戻り、談話室で待たせてもらう。
一秒一秒がやけに長く感じる。こんなとき、喫煙者なら喫煙所へ駆け込むのだろうが、私は生憎の嫌煙家。火を見つめて時間を潰すことはできない。
ノートパソコンを開き、会社からのメールを確認する。だが、受信件数はゼロだった。
こんなことは初めてだ。いつもなら何かしら通知がある。
おそらく皆、私に気を遣ってくれているのだろう。ありがたい。けれど、間が悪い。苦笑いが浮かぶ。
これ以上空っぽの受信箱を眺めていても、自分は必要とされていないのでは、と余計な考えが首をもたげそうだったから、パソコンを閉じた。
「必要ない」――心の中でつぶやいた言葉に、何かが引っかかる。
ふと、幼い頃の記憶が蘇った。
*
私の家は、いわゆる“上級”と呼ばれる家庭だった。
父は大手製薬会社の役員、母は地元政治家の娘。
そして、よくできた姉が一人いる。
父は多忙で、家にいた記憶はあまりない。
けれど、一つだけ強烈に残っている場面がある。
小学6年のとき。
私は姉と同じ附属中学に合格し、その週末、両家の祖父母たちがお祝いに高級寿司店へ招待してくれた。
「瑞稀、おめでとう」
「いやあ、合格してよかった」
父方の祖父母が、胸を撫で下ろすようにして微笑む。
「ありがとう」と返しながら隣にいる父の顔をちらりと見ると、相変わらず無表情だった。
食事と会話が進み、母方の祖父が口を開いた。
「でも瑞稀、特待生じゃなかったのはちょっと残念だな」
アルコール消毒のようなにおいを纏ったその言葉が、胸にツンと突き刺さる。
「まあいいじゃない、あなた。伸びしろがあるってことよ。瑞稀、分からないことがあったらお姉ちゃんに聞くのよ」
「う、うん」
会話の焦点は、自然と3歳上の姉・柚月へ移っていった。
首席で合格した姉。入学式でのスピーチはいまでも語り草だという。すでに東大は合格圏内で、医学部か海外進学かと、話は盛り上がる。
その場の「主役」だったはずの私は、いつの間にか蚊帳の外にいた。
でも、それも仕方がない。姉は本物の天才だった。
勉強だけでなく、どの分野でも三段飛ばしで習得してしまう。
教えれば教えた分だけ、想像を超えて成長していく姉の姿は、さぞ家族にとって誇らしかっただろう。
私は、醤油皿に割り箸をつけ、いじけるようにその先をくるくると回していた。
そのとき、ふいに頭上から、ため息の気配を感じる。
見上げると、父が眉間に皺を寄せて私を見ていた。
――え? どうして。戸惑いが胸を突く。
けれど、誰も気づいていない。
父の表情は、私にだけ向けられたものだった。
いや、わざとそうしたのかもしれない。
帰宅後、私は父に呼ばれた。
「後で自室に来なさい」
あのため息のことだろうか。胸騒ぎを抱えたまま、父の部屋のドアをそっとノックする。
「入りなさい」
「失礼します」
促されて中に入ると、父は無言で椅子を指さす。
腰かけると、光沢ある黒革の張りが異様なほど硬く、私の体を押し返しながら滑らせる。
「なぜ呼ばれたか、分かるか」
「……ごめんなさい。分かりません」
父は眉間に指を当て、揉むように押さえる。
その動作すら、何かを含んでいるようで怖かった。
「――あれが、負け犬の見る景色だ」
負け犬。
思わず息が止まった。
それは、私に対しての言葉なのか。
「気遣うように見せて、無意識に格下として扱う。ああいう言葉にな、慣れてはいけない」
「そんな……おばあちゃんたちは、きっとそんなつもりじゃ――」
トントン。
父が机を指で二度叩く。
黙れ、の合図だった。
「嘘をつくな。お前自身、分かっていただろう。柚月の引き立て役にされた瞬間を」
図星だった。
言い返せないまま、黙り込んでしまう私。
「いいか、瑞稀。足りない自分を悔しがれ。それを埋める努力だけが、お前に許された生き方だ」
「ずっと姉の背中を見て生きろ。追いつく日は、来ないだろうが」
どうしてこんなひどいことを言われているのか。
涙がにじみ、目の奥が熱くなる。
「泣くな」
ピシャリと、父が言い放ち、私は肩を震わせた。
言葉が、皮膚を裂くように刺さる。
「泣いて逃げる癖がつけば、それは一生消えない。泣く暇があるなら、どうしてそうなったのかを考えろ」
「弱い人間は、誰にも必要とされない」
父はそう言い切り、
「以上だ」とだけ告げた。
幼かった私は目を閉じ、涙をふた粒だけ落とす。
鼻をすすり、「失礼します」と告げて、その部屋をあとにした。
*
腕を伸ばし、椅子に深く背を預けながら、心の中で父へ向け悪態を吐く。
――まったく、小学生の娘にあんなことを言うかな、普通。
あの日の言葉を境に、私は常に「自分に足りないもの」と、それを埋められるだけの才能を探し続けてきた。
たどり着いたのは、言語の力だった。
昔から言葉を覚えるのが得意だった私は、さまざまな国の言葉を片っ端から学んだ。
加えて、感情の起伏が平坦な姉とは違い、私はお喋りが好きだった。言葉を使い、人と関わり、反応を観察することが純粋に楽しかった。
どう言えば相手が笑うか。どんな聞き方をすれば、心地よく話してくれるか。
話のどこに意図があるのか。
感じたこと、気づいたことはすべてノートにメモして、私なりの“財産”として蓄えていった。
勘違いしがちだが、会話とは感情を交差させるもののようで、実は違う。
伝えることと理解することは、極めてロジカルな作業だ。
この状況で、何を言えば正解か。
相手が求めているのはどんな言葉か。
そのうえで、自分の想いをどう形にして伝えるべきか。
「本音で話せば心は通う」なんて、嘘っぱち。
むしろ、本音こそ慎重に扱わなくちゃいけない。
そのままぶつければ、大抵は相手を傷つける。
思いだけを丸ごと差し出すのは、包丁の刃を向けて渡すようなものだ。
だからこそ――
“本音”という素材を、どんな建前で包んで届けるか。
そのバランスを考えるのが、私はたまらなく好きになった。
高校の頃にはすでにPR代理店に就きたいと考えて、
大学を卒業してすぐは、第一志望の大手支社に就職した。
自分の培ってきた経験とロジックが数字として評価されるこの仕事は、天職だと思う反面、理不尽なことや辛いことも、もちろんあった。
でも、涙だけは流さなかった。
ーー泣く暇があるなら、どうしてそうなったのかを考えろ。
こめかみが引きつるほど嫌いな言葉だったけれど、私を支えたのもまた、この言葉だった。
その甲斐あって、いまでは女性社員筆頭の出世株。日々、やりがいのある仕事に恵まれている。
三十を迎える年になって、ふと考えることがある。
私を一番傷つけた、父のあの言葉のこと。
「ずっと姉の背中を見て生きろ」
確かに、医者として活躍する姉には、社会的な地位も名誉も何ひとつ敵わなかった。
けれど、彼女の影から逃げ出さず、向き合い続けたからこそ、今の自分があると思える。
きっと、父はあのとき――
こう言いたかったのだ。
『ずっと姉の背中を見て生きろ。追いつく日は、来ないだろうが』
それでも、成長はできる。
たぶん、その一言が、言えなかっただけだ。
そう思えるくらいには、私も歳をとった。
いまだに結婚せずにいる気まずさもあって、実家には長く帰っていない。
けれど、機会があれば、一度くらいはちゃんと話をするのも、悪く無いかもしれない。
思えば、あの人は極端ではあったけれど、正しく「平等」だった。
姉ばかりを贔屓する母や親族とは違い、いつだって私と姉を、同じ目線で扱っていた。
……あのときの言葉も、父なりの愛だったのかな。
まあ、だからといって許すつもりはない。
それとこれとは、話が別だ。
「橘さーん」
職員さんの声が談話室に響く。どうやら、式場会社の迎えが来たらしい。
立ち上がり頬を叩く。いつもの、切り替え儀式
味覚の事で動揺していたせいか、ついセンチメンタルになってしまったけれど、今からは朝美の事に集中しなきゃ。
今行きますと返事をして、私は部屋のドアノブを回した。
