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青ブラ文学部|繋がり 忘れが淵の うす紅桜


先日 投稿させて頂いた 
「忘れが淵の 青い渦」は 数年前に書いた「忘れが淵」の第一章 でした。

今回 このシリーズを読み返して ちょっと驚きました。

第一章  蒼い渦  に
 当初はなかった「もやい綱を切る!」という文言を加筆して 
 青ブラ文学部の「もやい綱」というお題に応募させて頂いたのですが

第二章 うす紅桜 にも
 「渦は消え、みなもは静かにたゆたうだけ」という
 青ブラ文学部の「みなもに揺れて」というお題に通じる表現が
 当初からあったのです。

せっかくの機会なので
「第二章 うす紅桜」も noteに残しておきたいと思います。
もう 桜にはあきたかもしれませんが、お付き合い下さるとうれしいです。



第一章  蒼い渦   2025年4月12日  投稿 

第二章 うす紅桜   2025年4月25日 投稿
 

序 
この部分は ある一箇所を除いて
意図的に 「第一章  蒼い渦」 と同じ表現を使っています。

その深い淵には小さな土橋がかかっていた。あたりには人家もない。
いつからあるとも知れぬ苔むした橋は、丈のひくい雑草におおわれている。
橋のたもとには桜の古木があって、青黒い渦を見下ろしていた。
風もないのに、時々うす紅色の花びらがはらはらと舞い落ちては、渦の中にすいこまれてゆく。

「ああ遅かった。花が散っては……戻れない」若い娘は桜の古木を見上げて、つぶやいた。あたりには、明るいひかりが満ちて、どこからともなくウグイスの鳴き声がする。
けれど、なんていい日だろう。全てを終わりにするにふさわしい春のひかり
桜が散ったなら、それもいい。
娘は黙って橋のうえにたたずんでいる。


遠いむかし 戦さが続いていた頃
ここには渦などなく、小さな谷川が流れているだけだった。

夜も明けやらぬ薄闇の中
息を切らせた若い男女が二人、谷川沿いの獣道を足早に歩いている。

「姫、お急ぎ下され。今すこし先へまいらねば。追っ手がせまっております」
「なれど、もう歩けませぬ」

年若い娘は、息もたえだえに男の腕にすがっている。
他につき従う者もなかった。
遠い空は城が焼けおちる炎に染まっていたが、この小さな谷川までその不穏な気配は届いていない。

ちろちろと流れる水音が喉のかわきを誘う。
「清衛門、みず、水を」
「なれば、すこしやすみましょう。おまちくだされ」
男は水辺に降りると、手近の青葉をつみ、その中に流れを受けた。
「さ、姫」
夢中でごくごくと飲み干す娘の喉の白さが闇に浮かんで、水滴が小袖にこぼれた。

ああ、姫は、まだ十六になられたばかりというのに……城をあげての祝いの宴から、まだひとつき余り。
泣き虫の甘えん坊だった姫が、いつの間にか大人になられた。
七つの時からおそば近く仕えてきた男は、身分違いゆえ望みのない想いを、胸の奧に押し込めていた。

だが、昨夜になって思いもかけぬ事が起こった。
遠縁の謀反により、城はあっけなく攻め滅ぼされ、二人の運命は大きく変わろうとしていた。

「清衛門、姫をたのむぞ」
「はっ」
奧の一室でかしこまった男は、殿の言葉にうなずくほかなかった。

あわただしいざわめきの中、粗末な侍女の衣装に身をやつした娘の顔は青ざめている。
「姫はそなたを慕とうております」
「……」
奥方様の言葉にはっとした時、うつむいた娘のうなじが、ほのかに染まったのを覚えている。

「どうか、逃げのびて二人で生きて……」後は言葉にならなかった。
その殿も奥方様も、もはやご存命ではありますまい。
男が一瞬の回想を断ち切ったその時、遠く下手の方からせまる馬蹄の音が、せせらぎに混じってかすかに響いてきた。

「姫、いかぬ。ここは危ない」
休息の間もなく、二人は追い立てられるように立ち上がる。

ひずめの音はぐんぐん近づき、やがてガヤガヤと殺気だった話し声が、木立の向こうから聞こえた。
「止まれ! 馬はここに置け。二手にわかれよう」
「よし、おぬしらは山に入れ」
「おう」
「こっちは川に沿って行くぞ」
「心得た」
二人は藪を分け、道もない山中を這うように走った。
だが、疲れ切った娘の足では、もはや遠くへは逃れようもない。

「おう、いたぞ。こっちじゃ」
崖の上に追いつめられた二人に、屈強な追っ手どもが、わらわらと怒濤のように襲いかかる。
多勢に無勢。四方八方から斬りつけられては、男に為すすべもなく崖下の谷川にたたき落とされた。

「姫、御しるし頂戴!」
「清衛門さまぁ」
 娘の絶叫が、哀しげに後を引いてふっつりとだえた。
 満開の山桜の根方、倒れ伏した娘の小袖は赤く染まっている。

やがて時が流れ、谷川はいつしか蒼く深い淵となっていた。
山桜はあの日とは変わって、淡く血が滲んだようなうす紅いろの花を咲かせている。

姫はゆるやかに目覚めた。
「わたしは桜になったのか?」

「いかにも。わたくしは淵になりました」
「その声は……清衛門さま、そこにいらっしゃるのですか?」
ゆらりとうごめく気配があり、たゆたう水面に女の白い指が映る。

だがその刹那「あぁ、わたしの……顔がない」
娘は、声にならない悲鳴をあげて小袖のたもとをかざした。

はっとしたようにさざ波が巻き起こる。
「姫」
「いや。清衛門、わたくしを見ないで」 

さざ波は、たちまちごうごうと音を立てる渦に変わった。
「お許し下さい。姫をお守りできず、こんなかなしい想いを……」
「なにゆえ、わたしはこんな姿に」
「お許し下さい。お許し下さい」
「……」 

娘の応えはない。渦もしばし沈黙した。

「姫、どうか、わたくしのそばに」
「いやです。こんな姿では、おそばにまいれませぬ」
「わたしの心に残る姫は、昔のお姿のまま」
「……」 

そんな、うす紅桜と淵のささやきかわす想いが、常人の耳に届くことはなかった。 
だが、毎年花が咲くころには、城跡をさまよう年若い娘の姿があると言う。
「あれは、姫さまが首をさがしておいでになるのだ」 村人達はその姿を恐れ憐れみ、花の季節は決して城跡に近寄ろうとはしない。

それからの長い年月、淵にはただ姫を見守る事しかできなかった。

今、若い娘はじっと橋のうえにたたずんでいる。

「花が散っては……戻れない」桜の古木を見上げて、もう一度つぶやいた。

 
「姫よ、もはや遠い昔となりました。私のそばにおいでください。なにもかも忘れて。さあ」

 蒼い渦のよびかける声はどこまでも優しい。
「もう……終わりにする時が来たのですね」

 するりと渦に溶けるように女の姿は消えた……後には、誰もいない静まりかえった橋。その向こうで、またウグイスが鳴く。
 渦は消え、みなもは静かにたゆたうだけ。
 さやさやと吹きぬける風にのせて、桜は最後の花びらを散らした。


  終章

ここは通称「桜が淵」そしてもうひとつの名を「忘れが淵」ともいう。
うす紅桜が咲く頃に、この淵に身を投じた者は、かなしい記憶をすべて忘れて戻って来るという。
今も花の季節になると、この淵をさがしてどこからともなく誰かがやってくる。
だが、村人たちはうわさしあう ……  不思議なこともあるものだ。あのうす紅桜が今年は花をつけない。


             終わり

最後までお読み頂き ありがとうございました。


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