青ブラ文学部|書いて気づいた私のズレ
山根あきらさんの
企画「#書いて気づいた私のズレ」に応募させて頂きます。
約1年前 noteデビューして
デビュー2ヶ月後「noteってさみしい」という記事を投稿しました。
デビュー5ヶ月後「もうさみしいとは言わない。noteっておもしろい!」
という記事を投稿しました。
この二つの記事が「書いて気づいた私のズレ」を現していると思います。
「noteってさみしい」 の頃
noteに来たばかりの頃
私がさみしいのは当然で、それについての話ではありません。
それは、他の方のコメント欄の件です。
ある方が ご自分の記事の中で
「皆さんのご意見を!」と呼びかけた。
私はその方と交流があり、喜んでコメント欄に行った。
それから、他にどんなコメントがつくかなと、何度も見に行った。
けれど、誰もコメントしない。
その時点で、80ケ以上の スキが付いている記事なのに。
なんで?
なんで、黙って通り過ぎるの?
私は不思議でならなかった。
私の記事にコメントがないのは当たり前だけど
なぜこの記事に、コメントが付かない!?
私は、以前ある掲示板に所属して、皆でいろんな事を心の底から語り明かした。
一人ひとりの言葉が生命を持っていた。
同時に、少人数の小説投稿サイトにも参加していた。
自分の作品を発表する時は、必ず誰かの作品に感想をつけるというルールがあり、いろんな意見交換をした。暖かい場所だった。
それに比べて ここnoteでは
記事にスキしても、作者がコメントを求めているのにスルーする。
それじゃ この「スキ」って、何なの?
呼びかけにまったく応える人のいないnoteは
大勢の見知らぬ人々が行きかう、明るく冷たい大都会のようだった。
賑やかだけど、さみしい。
そう思った。
が、やがて
ここのコメント欄が一筋縄ではゆかない事が見えてきた。
自分が経験した交流の場とは、まったく違う。
以前の場は、書き込みするための小さな集まりだった。
ところが noteは違う。
コメントを拒否する人
返事など書きたくない人
コメントにきちんと応対するフレンドリーな人
いかにも常連という雰囲気のコメントで盛り上がっていて
馴染みのない者は、入りにくい場所だったり
一件のコメントもなく、書いても作者が読んでくれるのか怪しい所だったり
実にさまざまだった。
結局 思ったのは
noteのコメント欄は、街中のショップみたいなもの
普段から、入りやすい、コメントしやすい雰囲気をつくってないと
人は立ち寄ってくれないという事でした。
そういう事が見えてきたので
noteがさみしい場所というのは違う と思えるようになり
私の悩みは、どうやってnoteを続けていくかに絞られた。
その認識が 「書いて気づいた私のズレ」という事になります。
ですが、今 なんとかnoteを続けている状況で
今度は、他の方々の作品をきちんと読ませて頂く時間がない。
どうしても走り読みになってしまう。
自分も 画像を多く使い、軽く流して読める記事が多くなっている。
これで、いいのだろうか?
私が書きたかったものとは、少し方向が違う。
こうして、本来書きたかったものと、現状の自分の記事には
ズレが生じ始めている。
さらに、noteの仕組みの点で
この先 もっと大きなズレが生じるかもしれないという不安もあります。
それは
投稿記事のAI学習利用
note記事の有償化の推進
note内の組織化
などによって、どういう変化が起こるのか?
自分はその中でやって行けるのか?
ほとんど何も分かっていないので、うまく言えませんが、不安です。
山根あきらさんの
企画「#書いて気づいた私のズレ」に応募させて頂きます。
いつもありがとうございます。
どうぞよろしくお願い致します。
山根あきらさんの マガジンに登録して頂きました。
ありがとうございます。
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