《三千世界の魔王山本五郎左衛門》霊視録──『稲生物怪録』に現れた三千世界の魔王・山本五郎左衛門(山本太郎左衛門)を霊視する──
やはり上下にて帯刀いたし、最初居申す所に見へしが、扨々(さてさて)、驚き入たる事にて候。我は日本へは出雲大社へ御願申、御赦し蒙り、三年跡日本へ渡りしが、三千世界の魔王なり。外にわれに劣らぬもの又あり。どちらも魔王なれば、どれを上へ付け、どれを下へ付くことも相ならず。よつて人間は、万物の王なれば、其人間の内、中に別して気じやうなるもの出生いたし候を、十六歳になる年、通力を以ていろ/\に変化、しやう(正)気うしなわせ候へ。其人数、百人残らず正気うしなわせ候て、我を上へ付申べく候、と堅く約束に候。われは仮名山本太郎左衛門と申す。
山本五郎左衛門(さんもとごろうざえもん)は、18世紀の広島県三次市を舞台とした、『稲生物怪録(いのうもののけろく)』の名で知られた、稲生武太夫(いのうぶだゆう)と言う気丈な十六歳の少年と妖怪達との一ヶ月に及ぶ肝試し、我慢比べの死闘の記録の最後に現れた妖怪の頭領である。
稲生武太夫の同僚の柏生甫が稲生に聞いた話として書かれたものが有名であるが、本人が記したものが『三次実録物語』であり、こちらだと魔王の名乗りは山本五郎左衛門ではなく、山本太郎左衛門となっている。
大まかな話の流れは以下である。武家の息子である稲生武太夫と隣人の相撲取り権八が肝試しで比熊山という祟りのあると噂の山に登り、止せばいいのにそこで怪談百物語をしたことに始まる。その後、武太夫の家には様々な妖怪変化が現れ、武太夫を驚かそうとするのであるが、武士の息子で気丈な武太夫は一向に平気な様子で、妖怪変化達を二十九日に渡り、華麗にスルーしたり、流したり、無視したりし続けたところ、最後に現れたのが三千世界の魔王を名乗る山本五郎左衛門なのであった。
そして、冒頭の自己紹介文にある通り、山本五郎左衛門は三千世界の魔王で、もう一人の魔王である信野悪太郎と競って、インド、中国、日本の十六歳ぐらいの勇敢な少年達に怪異を行い、正気を失わせる数比べをしていて八十六人目に出会ったのがこの稲生武太夫であったわけである。
そして、武太夫の勇気に感服した魔王山本五郎左衛門は、武太夫に自分を呼び出すことのできる小槌を渡して去っていくというのが話の大筋である。
全く暇な大魔王がいたものであるのだが、少年を誑かすのを競い合うというのは魔王にしてはやっていることがしょうもないと言えよう。私の印象としては狐狸の類いがハッタリで魔王を名乗っているとしか思えないわけである。とは言え本人曰く、狐狸でも天狗でもない正真正銘の魔王なのだと言う話である。
とは言え、やはり山本五郎左衛門のスゴイところはやはり、その名前のインパクトであろう。山本(やまもと)ではなく、山本(さんもと)なのである。この一般とは異なる名乗りの「異化効果」が只者ではない雰囲気を濃厚に醸し出している。また別の書では、山ン本五郎左衛門とさらに、山と本の間に「ン」が挿入され、視覚的にも素晴らしい「異化効果」を醸し出していると言えよう。
出落ちならぬ名落ち効果の素晴らしさが山本五郎左衛門を只者ではないとするに十分なのであるが、そうはいってもやっていることは、十六歳をビビらせようとするという閑人にも程がある所業なのは閉口である。やはり魔王ともなるとやることがなくなって、暇つぶしだけが気晴らしなのだろうと推察されるわけである。

どうせ狐狸ぐらいがオチだろうと思って霊視してみたが結果は、予想外のものであった。以下が《魔王山本五郎左衛門》の霊視内容である。
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