記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

渋谷のチャールズ・クランツ(映画「サンキュー、チャック」ネタバレ感想)


映画「サンキュー、チャック」のネタバレがあります

【あらすじ】
カリフォルニアで大地震が発生、フランスは津波に襲われ、メキシコでは森林火災が都市まで広がり、トスカーナでは街が水没──次々と起こる災害にすべてを破壊され、ついに世界は終わろうとしていた。ネットやSNSが繋がらなくなる中、街頭看板やラジオ放送に突如現れたのは、「チャールズ・クランツに感謝します。素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」という不可思議な広告。だが、カメラに向かって微笑む中年男性のチャック(トム・ヒドルストン)が何者なのか誰も知らない。
ハイスクールの教師を務めるマーティー・アンダーソン(キウェテル・イジョフォー)は、別れた妻フェリシア・ゴードン(カレン・ギラン)からの電話に応える。看護師を務めるフェリシアは、絶望のあまり自殺を選ぶ人々への対処に疲れ切っていた。互いを思いやる会話を交わし、電話を切ったマーティーがテレビをつけると、まもなく全局がダウン、そこに突然、またしても“チャック”の広告が流れるのだった。
翌朝、マーティーは隣人から近くの道路が陥没したと聞き、学校へ行くのを諦める。
フェリシアに連絡しようとするが、“接続できません”と表示される電話を捨て、彼女の住む街へと歩き出すマーティー。
乗り捨てられた車で埋め尽くされた、まさに終末の風景の道路にも、チャックの街頭広告だけは並んでいた。
マーティーが道中で出会った、ある紳士はチャックのことを、「20人以上に尋ねたが、誰も知らなかった。世界の終わりの象徴かもしれんな」と語る。
すっかり日が暮れて、ようやく目的地にたどり着くマーティー。すると、街灯が一斉に消えて、街が闇に包まれた直後、建ち並ぶ家々の窓に、チャックの広告が浮かび上がる。恐怖に駆られたマーティーはフェリシアの家へと駆け付ける。マーティーとの再会を喜びながらも、フェリシアは彼に「そろそろよ。その時が来たの」と厳かに告げるのだった。
果たして、世界は本当に終わるのか?チャールズ・クランツ、通称チャックとは何者なのか?なぜ、感謝されているのか?39年間の意味とは?
一つ、また一つ、謎が解き明かされた時、すべての悩める魂に語りかける、もう一つの物語が始まる──。

結論は、……スティーヴン・キング、……めちゃくちゃ面白いやん……です。

私はスティーヴン・キングをほぼ読んでいない。映画化されたものは観たことがあるが、本を読んでない。「ハックルベリーフィンの冒険」を読んだ時も思ったけど、今までの人生、何をしてたんだ。これから読みます。本当にごめんなさい。読んでない面白そうな本がこの世に死ぬほどある。
日本語版の予告編だけ見るとどんな話なんだかいまいちよくわからない。本当に、よくわからないけどなんか感動作ぽい。普段なら避けるタイプの映画テイストだ。……なんで私はこれを初日に観に行く気になったのだろう。

観て、すぐ思いだしたのは、高野文子の漫画『棒がいっぽん』収録の『奥村さんのお茄子』だった。

物語は「一九六八年六月六日木曜日、お昼になに召し上がりました?」という、スーパーの店員に化けた「遠久田」と名乗る謎の存在からの問いかけから始まる。
主人公の奥村の前に現れた遠久田は、実は地球外からの調査員であることを匂わせ、自身の先輩の犯したとされる「ある疑惑」を晴らすため、奥村の25年前の記憶を呼び起こそうとする。先輩調査員(なんでか、醤油差しに擬態している)は、食べると30年後に死んでしまう「毒茄子」の生体実験を人間でしようとしていたのではないか、という疑いが浮上するのだ。うどん型の再生機などを使う不思議な手法で、当時の記憶や光景が断片的に再現されていく。奥村が実際にその日に何を食べていたのか、検証していくふたり。奥村に向かって遠久田はこう言うのである。

「奥村さんがまだ結婚する前のおくさまとデートの最中に 奥村さん「昭和四十三年六月六日木曜日のおひる何食べました」と質問されたら奥村さんの答えはお茄子ですよね 小さい息子さんが自転車でぶつかって救急車で運ばれたとき 「昭和四十三年六月六日木曜日のおひる何めしあがりましたか」と質問されたら という質問にもやっぱり答えはお茄子です 聞かれたら答えたかもしれないですね 聞かれなかったら答えなかったけど 覚えてたら答えたかもしれませんね 楽しくてうれしくて ごはんなんかいらないよって時も 悲しくてせつなくて 何にも食べたくないよって時も どっちも六月六日の続きなんですものね」

遠久田が再現しようとするのは、神の視点みたいなものだ。奥村さんがごはんを食べていたとき、佐久間くんという小学生が「つまらないなあ」と思いながら近くでボールゲームをしていたこと。佐久間くんの近くで草をむしって怒られるイマイくんという小学生がいたこと。イマイくんを怒った小学校の先生が白いズボンを履いていて、そのズボンをカッコいいなあと思った郵便屋さんのシャツが風で膨らんでいたこと。走ってくる郵便屋さんを見て、「すてき明日届くわ」と思った女性がいたこと。女性をみて飛び出し注意、と思ったトラック運転手の男性。ひとつズレたらすべてがズレる。六月六日にはものすごく沢山の人間と空間と動物が含まれていて二度と戻らないこと、しかし、それが確かにあったこと。現在の奥村さんが六月六日の続きで出来ていること。それら全てが漫画で描かれている。
読むとあまりの素晴らしさに頭が痛くなるので、年に一回だけしか読めない。

「サンキュー・チャック」で祖母からダンスを教えてもらい、その後もダンスをしたかった小さいチャックは、会計士の祖父から「数学はアートであり、嘘をつかない。お前には才能がある。数学という才能が」と言われる。

おじいちゃんはマーク・ハミルさん 

会計士である自分の働く場所にある資料やファイルを見て祖父は、「たくさんの人の人生がこの場所にある」と言う。数字を通して他人の事業を軌道にのせて破滅をふせぐこと、そこにアートがあると彼は言うのだ。「お前がダンサーになる確率よりも会計士になる確率のほうが高い。そこには需要があるからだ」というようなことをチャックは祖父から言われ、数学にいかに多くのことが出来るかを説明される。宇宙の始まりは?人類の誕生は?橋やビルを建てるには?星までの距離は?月へ着陸するには?なぜ星は燃える?なぜ分子は分裂する?すべて数学なんだ。ダンスだって数学だぞ、カウントって言うだろ、と言う祖父にチャックは、そういう話を授業で聞きたいよ、と言う。後に彼は会計士として働くようになる。

あの、出張先の街の通りでチャックが何げなくドラムの前に立ち止まった瞬間。腰が動いてビートを刻み、踊る瞬間に、彼を取り巻く世界の全てが集約されている。

祖父がいなければ。チャックが会計士になり出張しなければ、彼はこの街に来ることはなかった。祖母がいなければ。ダンスを好きでロックを好きで、「一緒に踊ろう」と台所で言ってくれた人がいなければ、チャックはダンスのステップを刻むことはなかった。知らない女性に「一緒に踊ろう」と誘うことはなかった。チャックのムーンウォーク、ワルツからチャチャからスウィングまで、さまざまなダンスが繰り広げられるダンスシーン。ダンスを教えてくれる学校の先生がいなかったら。一緒に踊ってくれる部活の仲間がいなかったら。祖母と一緒に見たたくさんのミュージカル映画がなかったら。チャックはあれだけ長く、人々を魅了しながら踊ることはなかった。

おばあちゃんはミア・サラさん めちゃくちゃかわいかったです

私たちの一日は、過去の膨大な日々が組み合わさって出来ている。ひとつでもずれたら一日は変わる。だけどそんな一日は失われていく。同じ一日を経験したいと思っても、それは出来ない。いまこの瞬間しかない。チャックは、踊ることでそれを全て表現する。

後に脳腫瘍を発症し、若くして死ぬことになったチャックは、将来自分がそうなることを知っていた。祖父の言う「おばけの部屋」、身近な人間の死期を見てしまう部屋で、ベッドで死にゆく男の姿、自分自身を既に見ていたのだ。 祖父もそうだった。祖母や近所の人や自分が死ぬ場面を祖父は見ていた。それが、いつになるのかはわからない。「待つ時間が何よりもつらい」と彼らは言う。それは、世界の大災害の連続から人類の終わりを感じ、しかし何も出来ずに待つマーティも言う台詞だ。

マーティ役のキウェテル・イジョフォーさん 
彼の話す宇宙の話をもっと聞いていたかった

学校の授業でチャックは教師が言っていた詩の意味についてたずねる。19世紀アメリカの詩人ウォルト・ホイットマン(Walt Whitman)の詩。詩集「草の葉」に収められた「ぼく自身の歌」の一節「私の中には無数の人が存在する」について、教師は、チャックの頭を自分の手ではさんでこう言う。「チャック 世界はね あなたが愛した記憶でできている それが あなただけの宇宙になる」と。

おじいちゃんとチャック 小さいチャックはベンジャミン・パジャックさん 素晴らしかったです

自動車事故でチャックは、両親と、母のお腹にいた妹を喪う。妹は生まれてくる前に、既に名前をつけられていた。妹のことを母に「雨が降るときみたいな名前」と、チャックは楽しそうに話していた。妹は、チャックに会えずに亡くなった。しかし、その名前が雨みたいだったことを、チャックはずっと憶えている。
チャックは、ダンスパーティのあと自分の手の甲に負った傷をなぜか「ライバルとのケンカ」の傷だと周りの人に嘘をつく。実際は、星空の下でめちゃくちゃ1人で踊って、そのときに柵でできた傷。しかしそのことを、チャックはなんでだか嘘をついていた。そこが、すごく好きだった。私がこの映画をなんでなんだか初日に観ようと思ったことみたいに。チャックの祖母がスーパーのパン売り場になぜ行ったのかわからないように。あの日、チャックが街角で立ち止まった理由は、チャックでさえ人に説明はできない。なんでなんだか、本人にもわからない。それが宇宙なのかもしれない。

ダンスシーンを観てこんなに感動したのは初めて。一緒に踊るのはアナリース・バッソさん かわいい

この映画は、パンフレットについても話をしておきたい。なぜなら映画館に行ったとき、映画館の棚に並べられていたそのデザインに驚愕し小さく叫んでしまったほどなのだ。なんて素敵なんだッ!!出来るならこれをたくさん買って窓辺にたくさん並べ、夜にライトアップしたい。デザインのth_designさんという方に全力で御礼を申し上げたい気持ち。とっても素敵なパンフレット、ありがとうございます!!!

最後に、私の「サンキュー、チャック」ぽいエピソードを書いておく。大学生時代に広告を作るサークルに所属していたが、その中にやたら真面目なDという男子がいた。きちんと課題をやってないものは皆Dから怒られた。
ある日も、Dから課題をやって来いと言われたが、私と友人はサークルをサボって遊びに行くことにした。Dはうるさいけど無視すれば良い。明日になってれば彼も忘れるだろう。そう言って渋谷に出かけた。
Dがいた。雑踏の中を1人で歩いている。「Dだっ」私と友人はあわてて隠れた。
ちなみにDは割と特徴的な薄い顔で、見たらすぐわかる。何故こんなところにいるんだろう。今見つかったら絶対怒られる。そう思って遊ぶ計画をやめ、Dから逃げた。
翌日、友人たちに訊いた。「D、サークルサボっていたね。昨日の昼渋谷で見たよ」そう言うと、Dは昨日一日中部室で課題をしていたから、そんな暇ないよ、私たち夕方までずっと一緒にいたよ。と言われた。ちなみに、部室は埼玉県にある。
Dを見たら、部室のはしで課題をやってない人たちを真剣に怒っていた。
アレは何だったのだろう。ドッペルゲンガー?
私だけなら勘違いかもと思う。だけど、友人も渋谷でDを見たのだ。あの、かなり特徴的な顔を。

Dの話はまだ終わらない。数十年後、社会人として働き出した私は何げなくインスタを見ていた。インスタでは今までに観た映画の、異国の俳優さんたちを子役からベテランまで片っ端からフォローしているため、訳のわからないことになっていた。異国の謎の祭りとパーティー、膨大な結婚式と誕生日と授賞式と撮影風景の数々を見ている時間に、あの特徴的な薄い顔がストーリーで入ってきた。Dだった。
Dは細くてヒョロヒョロとしたタイプだったが、何故か体躯がかなりがっしりとして、酒屋みたいな前掛けをつけて、笑ってこちらを見ていた。【知り合いかも】みたいな欄に出てきたのだ。私は、携帯電話を取り落としそうになった。
おそらく若い頃からお互いに携帯電話番号を変えておらず、私がDの携帯電話番号を登録しているから出てきただけなんだろう。怖くてすぐ閉じたから、Dが何の仕事をしていたかはよく分からずじまいだった。酒屋になったのだろうか。あの前掛けはどういうことなのだろう。だけど彼はマスコミ志望だったはずである。何かのパフォーマンスだろうか?きちんと深追いすれば彼のその後の人生は分かる。だけど、今日までそれはやってない。多分死ぬまでやらないだろう。何故なら、Dならわざわざ調べなくてもきっといつかまた何かの機会に、私の目の前に現れそうな気がするからだ。あの渋谷の人物がDだったとして、もしくはDに酷似した誰かだったとして、たまたまあの時間に私たちと出会う確率は?普段一年に数回しかインスタを見ない私が、Dのストーリーに出遭う確率は?Dは特に何もしていない。友人でも恋人でもなんでもないが、私の人生においてのチャールズ・クランツである。Dの姿を3回目に見るとき。きっとその時が私の人生の終わりになるのかもしれない。

トム・ヒドルストンさんのダンス最高でした

追記
ビシッとしたスーツに赤の靴下をあわせるチャックに影響され、明日は赤い靴下を履いて会社に行きたいぜ!と思ってタンスをあけたら、「ヴァチカンのエクソシスト」鑑賞後に爆買いした靴下たちが既に死ぬほどあった。アモルト神父ありがとう……🧦

アモルト神父。
この人のおかげで赤い靴下家に10足以上あります


#サンキューチャック
#ネタバレ
#映画レビュー
#映画感想文
#マイク・フラナガン
#トム・ヒドルストン
#マーク・ハミル
#ミア・サラ
#アナリース・バッソ
#キウェテル・イジョフォー
#ベンジャミン・パジャック
#スティーヴン・キング
#チャックの数奇な人生
#ウォルト・ホイットマン
#映画パンフレット
#高野文子
#棒がいっぽん
#奥村さんのお茄子
#読書感想文
#ヴァチカンのエクソシスト




いいなと思ったら応援しよう!