アサナは、ヨーガそのものじゃない──「安定していて、心地よい座り方」という、たったひとつの定義の話
みなさん、こんにちは。
美しいポーズがたくさん撮影されている光景を見て、「ヨーガって、身体が柔らかい人がやるものなんだろうな」と感じたことはありませんか。
でも「ヨーガ・スートラ」を読んでみると、アサナについての記述は、実はほんの数節しかありません。第2章46節にある定義は、驚くほどシンプルです。
sthira-sukham-āsanam (安定していて、心地よい座り方)
それだけなんです。ポーズの美しさを競う運動でも、難易度の高さを目指す体操でもなく、アサナはあくまで、神経系を落ち着けていくための、最初の準備なんですね。
整った状態のとき、身体の中で起きていること
アサナや呼吸の稽古を重ねて、身体が落ち着いた状態になっているとき、身体の中では、いくつか共通して起きていることがあるようです。
ひとつは、脳波の変化です。日常の忙しさや、他人との比較の中にいると、脳波はせわしなく揺れ動いていますが、身体が落ち着いてくると、リラックスした覚醒状態を示すアルファ波、さらに深まるとシータ波へと、静かに移っていきます。
もうひとつは、自律神経の状態です。緊張して身構えている交感神経優位の状態でもなく、固まって動けなくなるフリーズの状態でもない、ポリヴェーガル理論でいう「腹側迷走神経」が働いている、安心できる状態へと入っていきます。あのお鍋の話でご紹介した、肩の力がふっと抜けている感覚は、まさにこの状態のことです。
さらに、頭の中のおしゃべりが少し静まり、身体の奥にある調整機能の方に、主導権が戻っていく感覚もあります。「よく見せたい」「ちゃんとしなきゃ」という思考のノイズが小さくなると、身体は自分で調律する力を、自然と取り戻していくようです。
そして最後に、視野の変化です。目の前のことだけに囚われている状態から、自分の心身を少し引いた場所から、ジャッジせずに眺められるような、広い視野へと変わっていきます。
スートラの冒頭に、すでに書かれていること
『ヨーガ・スートラ』の第1章2節と3節には、これらのことが、すでに簡潔に書かれています。
yogaś citta-vṛtti-nirodhaḥ
ヨーガとは、心の作用を静めることである。
tadā draṣṭuḥ svarūpe 'vasthānam
そのとき、見る者は、自らの本来の姿に留まる。
知識をいくら積み重ねても、心の揺れそのものが静まっていなければ、それはまた新しい思考を上に足しているだけになってしまいます。アサナによって身体の緊張をほどき、息を長く吐きながら、心の作用を静かに落ち着けていく。そうすると、アルファ波や腹側迷走神経の状態は、狙って作り出すものというより、勝手に、自然と満ちてくるものなんですね。
アサナは、ヨーガのゴールではなく、そこにたどり着くための、静かな準備運動のようなものだと思っています。今日は、そんな定義の話でした。
今日も読みに来てくださって、ありがとうございました。
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