自分の心という国を、自分で統治する。──「ラージャ・ヨーガ」に見る、静かな主権の話
みなさん、こんにちは。
スマートウォッチの数値に一喜一憂したり、誰かの肩書きに気後れしたり、色々な考え方に触れるほど、逆に自分の感覚がよく分からなくなったり。そんなふうに、自分の内側の舵を、知らないうちに外側のものに渡してしまっていることが、私にもよくあります。
今日は、ヨーガが本来目指している場所は、実はこの「舵をどこに置くか」という、とてもシンプルな話だった、というお話をさせてください。
大脳から、間脳へ。静かに主導権が戻っていく
「こう見られたい」「数字を良くしたい」という思考が優位になっているとき、脳の中では大脳新皮質がせわしなく働き、交感神経も緊張しがちになります。これは自然な反応で、誰もが経験することだと思います。
主権を、外側の評価ではなく、自分の内側にある感覚――筋肉の伸び、呼気の長さ――に少しずつ引き戻していくと、大脳のノイズが静まり、生命維持の中枢である間脳(視床下部や松果体を含む場所)に、自然と主導権が戻っていきます。脳波は落ち着いたアルファ波へと調律され、身体は本来のバランスを取り戻していきます。
「ウペークシャー」と、あのお鍋の話
一人でいるとき、子どもが何をしても、思わず怒らずにいられる。そんな状態は、外側で起きていることに、自分の神経系の主権を明け渡していない証拠なのだと思います。
あのお鍋の話でご紹介した、肩の力がふっと抜けている感覚も、実はこれと同じ状態です。外側で何が起きても、自分の内側にある安心――腹側迷走神経が働いている状態――が揺らがない。ヨーガでいう「ウペークシャー(動じずに見送る心)」とは、まさにこのことなのだと思います。
スートラが語る「王のヨーガ」
『ヨーガ・スートラ』に基づく伝統的なヨーガは、「ラージャ・ヨーガ」、つまり「王のヨーガ」とも呼ばれています。ここでの「王」とは、他人や他国を支配する人のことではありません。自分の心という、たったひとつの領土を、静かに統治する人、という意味なのだと私は理解しています。
第1章2節と3節に書かれている、「心の作用を静める」「そのとき、見る者は本来の姿に留まる」という順番は、まさにこの統治のプロセスそのものです。心の揺れを静めていった先に、誰かに振り回されることのない、自分自身の在り方が、静かに戻ってくる。
指導する側の役割は、誰かを自分のファンにすることでも、数字で管理することでもありません。アサナと呼吸という物理的な手順を通して、自分の身体と脳波の主権を、自分自身の手に取り戻すための地図を渡すこと。ひとりひとりが、自分自身の、静かな主人になっていくお手伝いをすること。それが私の役割だと思っています。
今日も読みに来てくださって、ありがとうございました。
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