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人間の庭 ❘ AIのプロンプトどうしてる?

その日 の私は、心ここに非ず、とでもいいましょうか。人の気配の薄い休日出勤のせいか、うわの空……。
人々の会話は、空間の向こうに流れているように感じる。
蝉の鳴き声だけが、やけに大きく聞こえてくる。

職場のメールボックスを開いて、気になるメールがあった。職場には個人のメールアドレスはなく、全員がメールのやりとりを見ることができる。

内容は、とにかく……
「受け取った人は、いい感じしないだろうな」と感じる返信文だった。

尋ねられたこと以上のことを書き、自分の論理を展開する。そして、相手にも自分の論理に沿った回答を求める。

「また、クセが出ている」と思った。

ふと、「あの文章、AIに書かせたのだろうか?」とよぎった。

以前、私はAIが書く文章に「うざさ」を感じたことがある。言っていることは間違っていない。むしろ、よく整理されている。けれど、どこか一方的で、相手が入り込む余地がない。

もしAIに文章を依頼したのだとしたら、そこには依頼した人の「問い方」が反映されているのではないかと思う。

「AIに文章を作って」と頼むにしても、
「これを相手に伝わるように整理して」と頼むのと、
「この状況で、相手の問いをどう受け取って、どう返したらいいと思う?」と頼むのでは、AIから立ち上がってくるものが違う。

もちろん、本当にAIを使ったのかはわからない。ただ、文面から感じた圧をたどっていくと、
「私の考えはこうある。これを相手に伝えたい。うまくまとめて」
そんな依頼だったのではないか、と私は想像した。

そこで、ふと思った。

プロンプトって、AIへの指示のことだけれど、AIに何を投げかけるかは、その人が「何を起こしたいのか」によって変わる。

自分の思い描いた形にしたいのか。

それとも、相手から何が返ってくるのかを見てみたいのか。

後者なら、最初から完成形を持っていない。

相手がどう出てくるのか。
何に反応するのか。
どんな言葉を返してくるのか。

それを見聞きしながら、次の言葉を返していく。

自分の思い描いた形には、たぶんならない。

でも、そのほうが面白い。

なぜなら、呼応したものしか、立ち上がらないと思うから。

……そんなことを考えながら、
蝉の声に呼応して、立ち上がったものをみる。

🌿 Rebone Garden

🌿 夕暮れは、一日をやさしく包みます。
問い| 今日、余韻を感じたことは何ですか?

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