56日目:法律が守るもの-私の考える集団という力
今回も記事を開いていただきありがとうございます。
友達と人が集まるってどういうことだろう、とプチ議論をしまして、その時にまとまった私の考えを備忘録がてら纏めました。
・・・真面目にまとめようとしたら、分量も分の硬さもとんでもないことになりそうなので、かなり砕いてまとめなおしました。
人が集まる力

まず、人は何に集まるのか。
1個体で生活が完結する動物は、繁殖以外で集まることは基本在りません。
人は、理想とそれを実現する力、に集まるのだと私は考えています。
力とは、武力、兵力、経済力、技術力、行動力、知力、魅力。
他にもいろいろあると思いますが、理想につながりうる全てが該当すると考えています。
逆に、理想にそぐわない力、たとえば格闘王を目指してるのに経済力だけで勝負しようとしてる人が居たら、そこにはあまり人は集まらないのではないかと思います(そんなおもろい人がいたら、その人の魅力には人が集まるかもですが)。
人が居つく力

いざ人が集まったとして、離れてしまうこともあります。
色々あると思いますが、私が思っているのは「力が自分に向けられる」あるいは「力が自分に向けられない」ことだと思ってます。
集団を国という単位で見れば、治安維持の力(武力、兵力、経済力、でしょうか)を自分に向けられたらたまったものではありません。
逆に恩恵にあたる力(技術力、経済力、個人間ならその人の魅力)が自分に向けられないなら、それもまたその場から離れる理由になるかと思います。
集団で豊かになるために
人が集まるのは、共通の理想とする姿や在り方があり、それを実現できる力があるから。
であれば、集団として理想の姿に向かうための、共通ルールが必要です。
それは、国単位で豊かに生活するためであれば法律でしょうし、軍隊等で目標達成のためであれば軍律でしょうし、会社で仕事をするためであれば就業規則などと言われたりします。
そしてそういった規則の大部分は、目標のために守ることが当然、といったものがほとんどです。
守って得られる報酬は理想の姿に向かえることで、破った時に罰則や処罰があることがほとんどです。
この、抑止力とも言うべき罰則や処罰が、集団を成り立たせている大事な要因の一つだなと感じています。
恐怖にならない抑止力
こういった抑止力(刑罰、罰金、武力行使、降格、追放、etc)は、ルールの違反者のためにあるもので、ルールを守っている人には関係のないものです。
しかし、いざ力が身近にあると、それが自分に向けられない確信がないと、安心してその場にとどまることはできないと思います。
そういった、力をどのように振るうのかを、外部に示すことも集団を成りたたせたり、さらに外部の集団から認められる大切な要素と考えており、それが倫理や道徳、と呼ばれるものだと思っています。
内外に対し、暴力と呼ばれるような無造作な力の振るい方をしている集団は、その暴力に対応できる力を持っている人しか寄り付かないでしょう。
そうすれば、例えば武力の暴力で成り立っている集団には、経済力や技術力や魅力を持った人材は集まりずらいでしょう。
抑止力と倫理の分離

では、集団において、暴力と表裏一体である抑止力を持っている組織(武装組織や人事等の意思決定機関)が、同時に倫理を担っているのでしょうか。
そうなっているところも多いかもしれませんが、私はここを分離していることがほとんどだと感じています。
国の単位で言えば、抑止力は警察や自衛隊、倫理は裁判官や総理大臣や天皇陛下。
会社で言えば、抑止力は総務や人事でしょうか?それに指示を出したり最終的に認証する倫理は、社長であったり取締役であったり。
実際に執行能力を持っている人と執行の判断を下す人は、分かれていることが多いかと思います。
私は、これを権力と呼ぶのだと考えています。
倫理と力の両方がある人に全てを委ねるのでなく、力を磨いた人と、倫理を磨いた人、それぞれを別に立てる。
倫理を担う人が集団の方向を担う要石。ある種、王や天皇、社長といった立場の役目はそこにあるのかなと考えています。
法律が守るもの

さて、では本題です。
法律は誰のためのもので、何を守っているのでしょうか。
私は、法律は日本民族のためのもので、日本民族の価値観を守るためにあると考えています。
個人でも、国民でも、日本にいる人でもありません。日本民族です。
日本民族がどのような価値観を持っているか、を詳しく語ると長くなるのでここでは短くします。
和を尊んで、仲間と共に、隣の集団とともに、豊かに平和に生きることを是とする民族性だと信じています。
だからこそ、古事記に語られる国譲り神話然り、265年続いたとされる江戸幕府の終幕たる無血開城然り、全体のために身を引くことも、身を引いた相手のことを尊び敬意を払うこともできるのだと私は信じています。
日本の法律は、そのような民族性を守るために、そのような社会を破壊する行動に対する最低限の線引き。
法律さえ守っていればいいのというものではなく、法で守ろうとする範囲の中央にある理想を全員が目指し、その在り方を害そうとする存在への盾にして矛であるのが法律ではないか、というかそうであってほしいなと思っています。
結び
集団は、コミュニティと言い換えてもいいですが、目指す理想とそれを実現する力を持った(力を持とうとしている)人たち。
そして集団の理想や、力の振るい先を定めるのが、倫理を担うのがリーダーの役割。
皆さんの周りには、自分を中心とした仲間はいますか?
その仲間にどのような在り方を見せていて、どのような理想を描いていますか?
一緒に遊ぶ仲間と、楽しい時間を描いていますか?まず自分が最大限楽しんで、仲間を楽しませていますか?
人生を共にする家族と、笑顔溢れる家庭をえがいていますか?まず自分が笑顔でいて、家族の笑顔を引き出せていますか?
私は人生を豊かにすると決め合っている仲間とともに豊かになるために、まず私自身の人間力を上げて、自分の人生を豊かになるために仕事をし続けます。
今回も最後までご覧いただきありがとうございました٩( 'ω' )و
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