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21日目:餃子にはチンタオビールだ!!!

今回も記事を開いていただきありがとうございます(*´꒳`*)

先日餃子を自分たちで作って、ビール片手に食べまくる会に参加してきたのですが、そこでチンタオビールというものが用意されていました。

チンタオビールがどんなビールなのか気になったので、調べてまとめてみました!

なお私は一切お酒飲めないので、チンタオビールの味の感想はありません\(( °ω° ))/
餃子は美味しかったです🥟

本場ドイツの技術が使われたビール

まずはビールの名前であるチンタオを調べてみたところ、中国の山東半島(韓国の左にある半島)にある、青島という港町のことだそうです。
この町は、2度にわたる世界大戦の波に飲まれた土地だったそうです。

時代は1840年頃、アヘン戦争後の中国は弱体化し、列強が中国へ進出してきました。
何年もかけ影響力を増している中の1897年、ドイツ人宣教師殺害と呼ばれている事件が起こりました。進出してくるキリスト教徒への反発があり、ドイツ人の宣教師二人が殺害されてしまったそうです。これを機にドイツは軍事圧力をかけ、中国はドイツに青島を99年の租借地として譲り渡すことになったそうです。

さて、こうして青島を獲得したドイツは、青島をドイツ人が過ごしやすい街へ作りかえて行ったそうです。なので青島は今でもドイツ風の建築が残っているそうです。
そんな中、青島の近くに聳える嶗山(ろうさん)から流れる水に目をつけて、ゲルマニア醸造会社を設立してビール作りを始めたそうです。
当時は在中ドイツ人がドイツ人のために作ったビールで、ドイツの技術をふんだんにつかった故郷の味を作っていたそうです。

日本の占領

次いで第一次世界大戦の始まったら1914年に、日本軍が青島を占領したそうです。
当時の日本では大日本麦酒(後のアサヒビールと札幌ビール)と麒麟麦酒が主で、青島ビールは大日本麦酒の管理下になったそうです。
当時のビールの特徴として、本格ビールよりも軽く飲みやすいビールが求められていたらしく、ドイツが使っていた設備はそのままにアジアの大衆向けの味に向かって行ったそうです。

中華人民共和国の成立

第二次世界大戦を経て1949年に中華人民共和国が成立し、青島ビールも中国主導へとなった様です。
ここでさらに方針が変わり、発展する中国の大衆向けとなり、大量生産のために米等の他穀物を利用する様になり、食事と共に大量消費する軽快なアメリカンラガーへとなったそうです。

さらに1978年の改革開放という市場経済や海外資本の受け入れの流れと共に、現在に繋がる世界的ブランドへと世界100以上の国と地域へ輸出する、世界トップの販売量を誇る大企業へと成長したそうです。

結び

チンタオビールは複雑な歴史を経て今の形になった、ドイツの技術が元になって日本のアジア大衆向けの流れを経て中国の大衆向けとなったアメリカンラガー、それがチンタオビールということがわかりました。
……飲んでる人美味しそうに飲んでたな〜(´・ω・`)

今回も最後までご覧頂きありがとうございました٩( 'ω' )و

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