48日目:遊び心と職人芸の結晶-本場の金平糖にトゲはない?
現代日本の金平糖
小さくて、カラフルで、優しい甘さで。見て美味しい、食べて美味しい金平糖。
誰もが一度は食べたことのある和菓子かと思います。
今の子供達はわかりませんが、私が子供の頃は机に金平糖があったら、パリポリとなくなるまで摘み続けてました。
逆に今は少なくなっているのかもしれませんが、百均でも売っていて、手軽に手頃に手に入る綺麗なお菓子。そんなイメージの人が多いのではと思います。
ポルトガルの金平糖
では、金平糖発祥の地であるポルトガルではどの様なお菓子なのでしょう。
…いや、調べてみたら、ポルトガル発祥ですらありませんでした。
古くはインドにて、砂糖を結晶化させる技術が発展したそうで、そこからヨーロッパの方まで広まったそうです。
当時は砂糖が高級品で、しかもそれを結晶に加工してまぶしたお菓子となると、貴族や王族のお菓子、贈答品、といった扱いだったそうです。
金平糖という名前ですが、元は「コンフェイト」という名前で、包むと言った意味だそうです。
現在のお菓子で言う、アーモンドチョコレートのように、ゴマやナッツに砂糖の結晶の衣を惑わせる技術、あるいはそうして作られたお菓子の総称だったそうです。(カステラに砂糖の結晶があるようなイメージらしいです)

……そうなんです。あの独特な形は、ヨーロッパでは影も形もなかったそうなんです。
あれは、日本の魔改造(というか、最早名前の由来が同じ程度の別物の発明)の結果だそうです。
日本て魔改造された金平糖
16世紀に、ポルトガルからの南蛮人が、織田信長に贈呈した品の1つが、日本初の金平糖だったそうです。
それを元に、日本の職人たちが自作するようになったそうなのですが、その時に綺麗な結晶や丸の形にするが難しく、砂糖が歪な形について凸凹になることも多かったらしいです。
発祥のお店とかはないらしいので、恐らく当時の職人が皆同じ状況だったのでしょう。
もうこの凸凹を突き抜けて形にすればいいのでは?……と思ってたかは分かりませんが、同時多発的に、今の原型の金平糖が広まったそうです。
しかもトゲトゲさせる事を突き詰めた結果、現代でも機械化が難しい、とんでもない職人芸が必要なお菓子に進化しているそうです。

今となっては、金平糖といえばトゲトゲのお菓子が世界標準で、ヨーロッパでも金平糖といえば日本のものを指す事もあるそうです(というか完全に別物の扱いかな?)
結び
本場を再現する中で、出来た失敗作であったはずのトゲトゲを、別のお菓子に仕立て上げた遊び心と、それを突き詰め続けた職人芸が、今も食べられている金平糖を生み出したそうです。
自分の持ち味や楽しんでいることを、他の人に楽しんでもらえるレベルまで卓越させる。
こんな仕事をできたら、そんな仕事を受け入れてくれる仲間がいたら、最高ですよね。

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