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紀香とは誰か? 『中学数学の知識で始めるガロア理論』

このところ、本 note で「紀香」という名前を頻繁に目にするかと思います。読者の中には「紀香」とは誰か?と不審に感じている人もいるかもしれません(そんなにはいないと思いますが)。

「紀香」ちゃん(仮名)には実はモデルがいます。

もうはるかに以前のことです。チェスを通じて知り合った人から、
「ねえ、うちの子の勉強、見てくれない?」
と打診されたことがありました。
「何年生ですか?」と私は尋ねました。
「高一」
その時は初夏ぐらいの季節だったので、高校生になったばかりのお子さんのはずなので、
「まだ、受験とかそういうことではないですよね?」と確かめました。
「うん、そういうことじゃなくて、なんというか、自分の娘だから言いにくいんだけど、知的好奇心がすごいんだよ」
「悪いことでは全然ないと思いますけど」
「それはいいんだけど、いろいろ俺に聞かれても答えられないんだよな」
「そんなに問題意識が高いのなら、ちゃんとした人を先生にしたほうがよくないですか?」
「それがね」
「?」
「チェスができる人ならいいって言うんだ」
「娘さんもチェスをやるんですか?」
「俺よりずっと強い」

というようなやりとりがあって、紀香ちゃんの勉強というか質問に付き合う係みたいなことを引き受けたことがありました。

ところが、というより薄々そんなことではないかと思っていたのですが、紀香ちゃんはパパ以外の誰かとチェスをしたくて仕方なかったことがすぐに判明しました。当時はネットで対局するなどという環境がなかったので、今よりずっと対局相手を見つけるのが難しかったのです。

そんなわけで、最初は二人でずっとチェスをやっていました。私としてもそれのほうが気が楽で、これでバイト代をもらってしまっていいのだろうかと少々後ろめたくなるほどでした。紀香ちゃんのチェスは、まだ若いのに老獪というのか、こっそりと手筋を仕込んで置くような指し方が好きみたいで、気が抜けないものでした。

そのうち、気を許してくれたのか、勉強のほうの質問も時折飛んできたりして、家庭教師としての体裁も整いました。

夏休み前ぐらいのことでした。
「ガロア理論のことを知りたいんですが」
と紀香ちゃんからいきなりガロアの名前が出てきました。数学が好きなことは聞いていたのですが、さすがに飛躍しすぎではないかと思ったものの、知りたいという好奇心を無碍にするわけにはいかず、夏休みに入ってから週に2、3回のペースで教えることになりました。

なんでこんな昔のことを書いているかというと、なにが入っているか今ではもうわからなくなった段ボール箱をいくつか開けていたら、その時作ったプリントのようなものが出てきたからです。紀香ちゃんから質問されたことをメモして、それを次の時に答えるというようなやりとりが続いていました。

数学はどこかチェスに似ているということをほんの時折ですがここで書いていたりします。なにかの方程式にチェスの局面を代入すれば最適な手筋が出てくるというような直接的な関係はもちろんないと思います。

ただ、これこれこういう順番で数学的ルールを逸脱せずに問題を考えるという行為は、チェスというルールの中で最適な手順を考えるという行為とよく似ています。曲芸的な手段を使っての数学の証明を見ると、まるで見事なサクリファイスを決めたチェスの対局を見ているかのようです。

紀香ちゃんとチェスを指し、ガロア理論を教えるという関係は、私のほうの都合でその年の秋には終わってしまったのですが、その7年後あたりに紀香ちゃんのパパから連絡があり、紀香ちゃんを交えて食事をすることになりました。その時、私は知らなかったのですが、紀香ちゃんは大学で数学を専攻して、卒業が決まった時期でした。

食事を終えて大学生活のことやチェスの話をしていたら、紀香ちゃんが脇のカバンからなにやら取り出して「読んでください」と言って私に手渡しました。見ると、きちんと製本された卒業論文でした。そんなふうに卒論を読ませてくれるだけでも嬉しいことなのに、もっと嬉しかったのは、卒論の中身が私では半分も理解できなかったことです。

「高校生の時、ガロアを教えてもらって、大学で数学をやっていけそうな自信になりました」
「あれが役に立ったの?」
「はい、ほとんどの学生が脱落する分野を先に知っておけたので。それと、すぐにはわかりませんでしたが、ガロア理論はチェスにかなり役立ちました」

その時思ったのですが、紀香ちゃんはチェスで先の手筋を仕込んで置くのと同じように、自分が大学で数学をやる時の手筋を仕込んで置いたんだなと。それだけに留まらず、ガロア理論の考え方をチェスに応用していたとは。

やっぱりチェスと数学はどこか似ているような気がします。その人の思考のパターンのようなものとして。

だったら、紀香ちゃんに教えたことがチェスをやる人にも役に立つのではないか?と私は思い立ち、その時のやり取りを再現するような形で本にしてみました。実際、ガロア理論には、チェスのようなルールの厳格性やサクリファイスのような意外性がこれでもかと詰まっています。

数学はちょっと・・・と尻込みしてしまう人にも無理なく読める内容にしたつもりです。お読みいただけたら幸いです。

中学数学の知識で始めるガロア理論

『中学数学の知識で始めるガロア理論』表紙

高校生になったばかりの紀香ちゃんは、つまりその時には中学数学の知識しかありませんでした。でも、ガロア理論というのは、中学数学の知識(因数分解、ルート、二次方程式の解の公式)さえあれば、その本質的なアイデアを理解することができます。

ガロア理論もチェスと関係するのですが、もっとわかりやすくチェスと関係する数学の分野も結構あります。いずれご紹介できればと思っています。

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