この場所の本質は、どこにあるんだろう
最近、YouTubeで印象に残った動画がある。
コロンビアから日本へやって来た家族が、
日本のさまざまな場所を訪ねていく。
その中でも、植物学者である父親が登場する回が好きだ。
私たち日本人なら、
当たり前だと思って通り過ぎてしまう
場所で、彼は何度も足を止める。
そして、自分はなぜそこに心を動かされたのかを、学者ならではの視点で静かに言葉にしていく。
私は、彼が何に立ち止まるのかを見るのが好きだった。
出雲大社を訪れた回だった。
雨の中、拝殿の前で立ち止まると、彼は傘を差したまま、
静かに話し始めた。
「建物の中を覗いたが、
手を加えられた跡がない。
昔の木材が、そのまま使われている。
当時建てたそのままの状態なんだ。
手を加えてない。
ここでは、時の流れを感じることができる。
そのままの姿を、残すべきものもあるということだな。
俺たちは常に変化を求める。
改善を試み、変化を試みる。
しかし日本に来てから、時々感じさせられるんだ。
人生には、そのままにしておかなきゃいけないものもあるってな。
これは、すべての人の人生に当てはまる話だ。
君の人生の中で、
絶対に変えてはいけないものはなんだ?」と
そんな事をこの場所は気づかせてくれる。
私は、そこで動画を止めた。
「君の人生の中で、
絶対に変えてはいけないものはなんだ?」
その問いだけが、しばらく私の中に残り続けた。
私は、新しいものが好きだ。
新しい技術が出れば、試してみたくなる。
どうすればもっと効率よくできるだろう。
そんなことばかり考えている。
何か面倒な作業があると、
これはAIでできないだろうか。
そんなふうに考えることが、いつの間にか当たり前になっていた。
便利になることは、悪いことではない。
効率よくできることは、効率よくすればいい。
それでも、そう考えるたびに、あの問いが頭をよぎる。
「君の人生の中で、
絶対に変えてはいけないものはなんだ?」
その問いに、すぐに答えようとはしなかった。
ただ、考えているうちに、別の記憶が重なってきた。
家族で出かけると、私はよく神社へ足を向けていた。
有名だからでもない。
御利益を求めていたわけでもない。
子どもたちが小さかった頃は、
「また神社?」
そんな顔をされたこともあった。
鳥居の前まで来ると、家族みんなで一度立ち止まり、揃って一礼する。
いつからそうなったのかは覚えていない。
今では誰かが言わなくても、自然とみんながそうするようになった。
鳥居をくぐり、参道へ入る。
その瞬間、空気が変わるのを感じる。
心地よいときもあれば、少し畏れを感じることもある。
境内では、拝殿より先に、御神木を探している自分がいる。
明らかに人の手が加えられているのに、
何も説明のない、空き地のような場所がある神社もある。
なぜ、この場所だけこうなっているんだろう。
誰かの手が入っている。
けれど、その理由はどこにも書かれていない。
この場所の本質は、
いったいどこにあるんだろう。
私はいつも、そんなふうに神社を歩いていた。
そのことを何度も考えているうちに、もう一度、あの動画を見返したくなった。
動画の中で、彼らは出雲大社をあとにし、
足立美術館へ向かっていた。
ここは、私も以前から行ってみたいと思っていた場所だった。
だから本当は、自分の目で見るまでは、
あまり映像を見たくなかった。
けれど、彼がこの庭を見て、何を感じ、
どんな言葉を口にするのか。
それを知ってから訪れるのも、
悪くない気がした。
映像の中で、彼は庭に入る前から何度も足を止めていた。
一本一本の木。
苔。
石の配置。
砂利。
細かなところまで目を向けながら、
何度も驚きの声を上げる。
そして、その美しさだけではなく、
この状態を保ち続けている人たちへ、
彼の視線は向いていった。
庭では、職人たちが一年を通して手を入れ続けているという。
木は伸びる。
草も生える。
季節も変わる。
何もしなければ、庭は少しずつ姿を変えていく。
だから、人が手を入れる。
枝を切り、形を整え、
また次の季節へ渡していく。
その光景を見ながら、不思議なことに気づいた。
変えないために、
変え続けなければならないものもある。
変えないということは、
何も変えないことではないのかもしれない。
そう考えると、彼から受け取った問いが、
少し違って見えてきた。
私はずっと、変えるものと、
変えてはいけないものを、
どこかで分けて考えていたのかもしれない。
けれど、そんなに単純なものではなかった。
家族もそうだ。
子どもたちが小さかった頃と、
今の私たちでは、一緒に過ごす時間も、
関わり方も変わった。
写真もそうだった。
機材も、仕事の進め方も、ずいぶん変わった。
それでも、カメラを構えたとき、
何に心が動き、
どこに目が向くのか。
そこには、昔から変わっていないものがあるような気がする。
変わってきたものは、いくらでもある。
もしかすると、大切なのは、
変えるか、
変えないかではないのかもしれない。
何を残したいのか。
そのために、何を変えていくのか。
省けるものは、これからも省けばいい。
新しいものだって、きっと私はこれからも使っていく。
でも、その先に残したかったものまで、
一緒になくしてしまわないように。
「君の人生の中で、
絶対に変えてはいけないものはなんだ?」
あの問いに、まだ答えは出ていない。
ただ、
神社で何度も抱いてきた、
「この場所の本質は、
いったいどこにあるんだろう」
という問いと、
今は、
どこかで
重なりかけている気がする。
この記事を書くきっかけになった動画です。
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