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気配は、出来事より先に来る

結婚式の撮影をしていると、
進行表には書かれていないことが起きる。

友人たちが、何かを企んでいる。

まだ何が始まるのかは分からない。
けれど、何となく分かる。

互いに視線を送り合っている。
誰かが席を立つ。
少し離れた場所で、
人が動き始めている。

「何かあるな」

そう感じると、
次に起きる場面を頭の中で想像する。

友人たちは、どこから現れるのか。
新郎新婦は、どちらを向くのか。
二人の表情を一番よく写すには、
自分はどこに立てばいいのか。

その場所に椅子や物があれば、
先に動かしておく。

そして、何かが始まる前に、
その場所に立つ。

サプライズが始まり、
新郎新婦の表情が変わる。
そのときにはもう、
シャッターを押せる状態になっている。

長く撮影を続けるうちに、
身についた感覚なのだろう。

結婚式でも、子どもの行事でも、
式典でも、同じことが起きる。

何も聞かされていなくても、
次にどこで何かが起きるのか、
自然と感じ取れる。

まだ何も起きていない場所に、
すでに何かの気配が生まれている。

大事な場面を撮り逃がさないために、
私はいつも、その気配を探している。

主役を見るために、主役から視線を外す。

正確に言えば、まだ起きていないものを、
主役より先に見ようとしている。

けれど、カメラを置くと、
この感覚はうまく働かない。

大切な人の前でも、私は同じように、
何かの気配に気づけているだろうか。

あとになって、声の調子がいつもと違っていたことを思い出す。

返事が短かったこと。
普段なら笑うところで、笑わなかったこと。

そのときには見過ごしていた小さな兆しが、あとから一つずつ浮かんでくる。

仕事では、まだ起きていない一瞬を想像している。

それなのに日常では、
何かが起きてから初めて、気づくことのほうが多い。

なぜなのだろう。

もしかすると私は、
撮影の一瞬には二度目がないことを、
よく知っているからかもしれない。

新郎新婦が驚いた瞬間も、
笑いながら涙を流した表情も、
そのときに撮り逃がせば、もう戻ってはこない。

だから私は、その前から周囲を見ている。
まだ起きていないことにまで、
気づこうとしている。

けれど日常では、同じようにはできていない。

今日気づかなくても、明日にはまた会える。 そう考えているわけではない。

けれど日常は、 終わりの合図を出さない。

いつもの会話の中で、 声も表情も、
何事もなかったように過ぎていく。

その一度きりに気づくのは、
いつも、過ぎたあとだ。

そう考えると、 今日、何気なく聞いていた声が、 少しだけ違って聞こえてくる。

大切な人の、 今日のあの声も、
本当は一度しかない。

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