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ノーベル平和賞受賞者が綴る衝撃の真実―『偽情報と独裁者』が暴くSNS社会の闇 【マリア・レッサ】

今、私たちの社会では、SNS(ソーシャルメディア)が情報交換の主な手段になっています。

でも、便利な一方で、大きな問題も隠れています。

それは「偽情報」です。

この偽情報は、まるで「透明な原子爆弾」のように、気づかないうちに民主主義を壊していきます。

この見えない危険に気づき、どうすれば立ち向かえるのか。そのヒントをくれるのが、2021年にノーベル平和賞を受賞したフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサさんの本『偽情報と独裁者: SNS時代の危機に立ち向かう』です。

この本は、レッサさん自身の厳しい体験と詳しい分析を通して、偽情報がどうやって社会をバラバラにし、独裁者を助けるのか、そして私たちがどうすればそれに抵抗できるのかを教えてくれます。

この本で何回も使われている「透明な原子爆弾」という言葉は、偽情報がどれほど恐ろしい力を持っているかをよく表しています。

偽情報は、建物などを壊すわけではありませんが、人々の信頼関係や、「何が本当か」という共通の理解、そして民主主義の仕組みそのものを内側からダメにしてしまう力を持っています。

この見えにくい危険は、SNSの仕組みやインターネットを通じて静かに広がり、気づいた時にはもう手遅れになっていることが多いのです。

マリア・レッサさんの言葉は、ただの難しい分析ではなく、世界中が今すぐ向き合わなければならない問題への強い警告として、私たちの心に響きます。


【ノーベル平和賞ジャーナリストの闘い】時代の証言者、マリア・レッサ

マリア・レッサさんは、長い間ジャーナリストとして活躍してきました。

CNNという有名なニュース局で、東南アジアの2つの支局(マニラとジャカルタ)を立ち上げ、運営した経験があります。

その後、フィリピンのテレビ局ABS-CBNでニュース部門のトップも務めました。

彼女のキャリアで特に大きな出来事は、2012年に仲間と作ったオンラインニュースサイト「ラップラー(Rappler)」です。

ラップラーは、特にフィリピンのドゥテルテ前大統領の強引な政治や人権侵害に対して、しっかり調査して鋭く批判し、世界中から注目されました。

しかし、本当のことを伝えようとする姿勢は、大きな権力とのぶつかり合いを生みました。

レッサさんとラップラーは、政府からしつこい嫌がらせを受けることになります。

「権力による弾圧」と言われるように、たくさんの裁判を起こされたり、逮捕されたり、インターネット上でひどいデマを流されたりするなど、様々な邪魔や攻撃を受けました。

それでも彼女は負けずに、ジャーナリストとしての仕事を続けました。

このような「表現の自由を守るための努力」が世界で高く評価され、2021年、マリア・レッサさんはロシアの新聞編集長ドミトリー・ムラトフさんと一緒にノーベル平和賞を受賞しました。

ノーベル賞委員会は、二人を「民主主義や報道の自由がますます危うくなっている世界」で、表現の自由のために戦う「すべてのジャーナリストの代表だ」とたたえました。

この受賞は、レッサさん個人の頑張りを認めるだけでなく、偽情報や独裁的な動きの危険に立ち向かう、独立したジャーナリズムがいかに大切かを世界に改めて示したと言えるでしょう。

興味深いことに、レッサさんは最初、TwitterやFacebookのようなSNSについて、市民がジャーナリズムを通じて権力を見張り、民主主義を良くしていく力があると考えていました。

しかし、フィリピンでSNSが偽情報を広める場所となり、ドゥテルテ政権にうまく利用されるのを見て、その考えは厳しいものに変わっていきました。

かつて民主主義を助けると信じていたSNSが、実際にはお金儲けを優先し、民主主義を壊すような活動に手を貸している現実を痛感したのです。

この個人的な体験と考えの変化が、彼女のSNS企業に対する批判に、誰もが納得せざるを得ない説得力を与えています。

昔ながらのジャーナリストから新しいデジタルニュースの先駆者へ、そして国から攻撃される対象へ、という彼女の道のりは、デジタル時代のジャーナリズムがどう変わってきたか、そして権力に反対する人が直面する危険がどれだけ大きくなっているかを象徴しています。

この本が明らかにする危機の正体、偽情報はこうして民主主義を壊す

この本『偽情報と独裁者』は、マリア・レッサさんがフィリピンで体験し、分析した偽情報ネットワークの本当の姿と、それが民主主義にどれだけ深刻な影響を与えるかを、はっきりと描き出しています。

彼女の分析によると、昔は情報の民主化を進めると期待されていたSNSは、いつの間にか「新しい情報の門番(ゲートキーパー)」、つまり情報を選別する存在に変わってしまいました。

そして、これらのSNS上で、巧妙な偽情報キャンペーンが繰り広げられるようになったのです。

その戦術とは、情報を隠蔽して、噓と交換することにあります。

偽情報を操る人々は、ものすごい数の偽アカウントを使い、特定の考え方や話を組織的に広めます。

問題なのは、SNSの会社の儲けの仕組みが、こうした活動と相性が良いことです。

SNSの会社は、利用者がどれだけ「反応」するか(エンゲージメント)を増やすことで利益を上げています。

感情を揺さぶるような刺激的な内容(偽情報によくある特徴です)は、高い反応を生みやすいのです。

その結果、「門番(SNS企業)と偽情報工作員の目標が合致した」とレッサさんは指摘します。

つまり、SNSの仕組み(アルゴリズム)が、意図していなくても偽情報の拡散を手助けしてしまう状況が生まれるのです。

レッサさんは、「私の国で起きていることは、いずれ世界のほかの国でも起きる」と警告します。

この本で取り上げられる例はフィリピンだけではありません。

ロシアによるクリミア侵攻とその後のウクライナ侵略で使われた情報操作、トランプ前アメリカ大統領の当選、イギリスのEU離脱(ブレグジット)、ミャンマーでの少数民族への迫害など、世界中で見られる現象の裏には、同じような手口とSNSの悪用があるとレッサさんは示しています。

これらの例は、フィリピンで見られた偽情報の手口が、特定の国や文化に限らず、世界共通の「情報戦の教科書」として使われていることを物語っています。

こうして偽情報は、下からも上からも、まったく新しい現実を作り出せる力を持ち、しばしば嘘は事実よりも速く、遠く、広範囲に広がるのです。

人々が異なる、時には矛盾する「現実」にいつもさらされることで、社会の共通認識は失われ、政治的な対立は深まり、民主的な仕組みへの信頼は損なわれていきます。

これは、SNS企業が必ずしも悪い意図を持って偽情報を広めようとしているわけではなくても、反応とお金儲けを最優先するシステムの「副産物」として、民主主義を脅かす構造的な弱さが生まれていることを意味します。

この巧妙な仕組みのために、誰の責任かをはっきりさせ、本当に効果のある改革を行うことは一層難しくなっています。

独裁者との闘いの記録、そして未来への行動プラン

この本は、マリア・レッサさんがフィリピンで直面したドゥテルテ政権からの圧力とのすさまじい闘いを記録したもので、自伝としてもワクワクして面白い一面があります。

権力からの圧力に負けずに本当のことを追い続ける彼女の勇気と強い心に触れることができます。

アマル・クルーニーさん(有名な人権弁護士)が書いた序文も、レッサさんの闘いが法律や人権を守るという点でどれだけ重要かが分かると思います。

レッサさんは、この危機に立ち向かうために具体的な提案をしています。

それには、ジャーナリスト同士の連携を強めること、教会グループやNGOのような市民団体が正しい情報を広めること、そして「世論がどのように操作されているか」について定期的に報告する必要性などが含まれます。

さらに、私たち市民一人ひとりが物事を見抜く目を養い、冷静な考え方と同時に熱い怒りを持ち続けることが大事だと訴え、あきらめないで抵抗し、続けることを呼びかけます。

この本は、私たち全員がこの危険に対して警戒し続けるよう求める、心の底からの訴えなのです。

個人の体験談と具体的な行動のために何をすればいいかが組み合わさっていることが、この本に他にはない力を与えています。

レッサさんの個人的な物語は、抽象的で分かりにくい脅威を人間的なものとして感じさせ、その負けない姿勢は読者に勇気を与えます。

一方で、具体的な提案は、読者がこの問題に対して何か行動を起こすための道筋を示してくれます。

これにより、危機は身近なものとして認識され、同時に何かできることがあるという力づけられる感覚も生まれます。

レッサさんが提案する解決策 は、ジャーナリスト、市民社会、そして個人が協力することを重視する、いろんなアプローチが特徴です。

これは、偽情報との闘いが政府やSNS企業だけの責任ではなく、社会全体が幅広く力を合わせて取り組むべきだという考え方を示しています。

「冷静な思考」と共に「熱い怒り」を持つことの大切さを説く点も考えさせられます。

不正に対する感情的な反応は行動のきっかけになり得ますが、それが偽情報を流す人たちが使うのと同じ感情操作に陥らないためには、批判的な分析によって方向づけられる必要があります。

つまり、正義への怒りを、冷静で戦略的な行動へと高めていくことが求められているのです。

なぜ今、この本を読むべきか

マリア・レッサさんが描く偽情報と独裁者の脅威は、遠い国の話ではありません。

日本でそこまで状況が進んでいないのは、皮肉にも社会の情報化が遅れているからということが分かっています。

世界で日本だけデジタルから取り残され、ほぼ老人のみがアナログで選挙をしているので、状況が酷くなっていない。

不幸中の幸いなのかもしれません。

確かにフィリピンで起きたようなあからさまな情報操作は、日本ではまだはっきりとは見えていないかもしれません。

しかし、この「情報化の遅れ」という一時的な盾は、良い面も悪い面もある「もろ刃の剣」になり得ます。

情報化が急に進んだ時に、社会の準備が不十分であれば、より大きな弱点をさらけ出す可能性があるからです。

とにかく、彼女の忠告は、日本を含む全ての民主主義国家に向けられたものと受け止めるべきでしょう。

比較的安定していると感じられる社会であっても、民主的な価値観とメディアリテラシー(情報を正しく読み解く力)を積極的に守るための警戒を怠ってはなりません。

さらに心配なのは、ノーベル平和賞受賞者であるマリア・レッサさんの活動やその重要性が、日本では十分に報道されず、あまり知られていないという指摘です。

これは、日本の情報環境における報道の優先順位や、国際的な報道の自由に関する問題への関心のあり方について、一度考えてみることを促すものです。

そのような状況において、この本が日本語で出版されたこと自体が、日本の読者にとって重要な情報提供であり、議論を始めるきっかけになり得ます。

しかし、この本は絶望だけを語るものではありません。

権力による圧力に立ち向かうレッサさん自身の戦うジャーナリストとしての姿勢が示すように、その負けない精神と、真実とみんなで行動する力への信念は、読者に希望を与えます。

真実を守るために、私たち一人ひとりができること

この本は、21世紀の複雑で危険な情報社会を生き抜くための、かけがえのない一冊です。命をかけた一冊と言っても過言ではないです。

この本は、偽情報がいかに巧妙に私たちのものの見方をゆがめ、民主主義を脅かすかをはっきりと示すだけでなく、それに立ち向かうための勇気と具体的な方法を教えてくれます。

レッサさんが繰り返し訴えるのは、負けない心、勇気、そして「あきらめないで抵抗し、続ける」という、みんなで一緒に行動することの必要性です。

真実と民主主義のための闘いは、もはやジャーナリストや活動家だけのものではありません。

民主主義を守るために、私たち一人ひとりがその責任を分け合う時代なのです。

この本が示すように、独裁者や巨大なSNS企業の力はとても大きく見えるかもしれませんが、個人は無力ではありません。

情報を正しく理解し、批判的に考え、そして団結して行動することによって、偽情報に挑戦し、民主的な価値を守ることは可能です。

SNS時代の危機に立ち向かう第一歩は、まずこの現実を知ることから始まります。

ただ情報を受け取るだけでなく、真実の言葉を積極的に守り、情報の世界における自分自身の役割を改めて認識するという、デジタル時代の新しい市民としてのあり方を促すものでもあります。

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おすすめの本を紹介しまくる人 これからも毎日、本を紹介したいのですが、このnote、ずっと赤字状態です。もし本好きの方がいらしたら、チップを送っていただけると嬉しいです。